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その軌跡

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 俺は通い慣れた道を歩いた。本を読みながらだって歩けるくらいに親しんだ道だ。でも今みたいに人通りの多い夕方じゃそんなことはやらない。
 玄関に出たアップルさんは、俺の顔を見て男前ねと笑って、部屋に入るよう勧めた。殴られた頬はかなり痛む。この分だとずいぶん腫れるだろう、それも何日も。畜生。
「ここでいいよ」
 俺は部屋に戻りかけるアップルさんに言った。アップルさんは残念そうにして振り返る。
「急いでいるの、シーザー」
 そう言ってから俺の手荷物を見た。
「うん。家を出ることになったんで挨拶しに来たんだ」
「家を出る?いつ?」
「たった今。トランにもしばらく戻らないかも、…まだ判んないけど。旅をしようと思ってるんだ」
 アップルさんは眉をしかめていた。それから何度かまばたきして最後にゆっくり呼吸した。何か考えてるときの癖だ。
「シーザー、ちょっと話しましょう。中に入ってちょうだい」
「構わないけどすぐ出てくよ。門が閉まっちまう」
 閉門してるグレッグミンスターから出るのは骨が折れるんだ。なにしろほんとは出入りできないことになってる。
「いいから」
 早口で言って歩きだした。はいはい。仕方ないから黙ってついていく。話の切り出し方を失敗したなと思った。
 左頬がびしりと痛む。畜生、思いきり殴りやがってあの野郎。何が馬鹿者だ、俺が馬鹿ならお前だって馬鹿だ。アップルさんが廊下に控えてたメイドに水とタオルをと頼むのが聞こえる。
「それはアルベルト?お父上?」
 暗号みたいにアップルさんが訊いた。
「アルベルト。家を出るっつったらこの馬鹿者ってぶん殴られた。アップルさん、それ俺がやるよ」俺は水に濡らしたタオルを絞っている手を指さす。
 水にはかなりの量の氷も入ってて冷たそうに見える。よく気がつくメイドだ。こういうのは賢いというのでなく優しいというのよシーザー。アップルさんが説明したことがあった。あなたは賢い人になる方が向いているでしょうねとも。
「シーザー、人を指さすもんじゃないわ。はい、これで冷やして」
「すいません」
「あら素直なのね。いつもそうならいいのに」
 うるさいな。俺はタオルを頬に当てて黙ってソファーに座った。アップルさんは俺の正面に座ると氷水のボウルを置き直して、茶を運んできたメイドに礼を言ってから
「どこか行くあてはあるの?」
 と俺に向き直った。
「無いけど、取り敢えず北かな。まあ適当にやってくさ」
「それなら私とグラスランドに行くのはどう?」
「は?グラスランド?」
 アップルさんはティーカップを置いた。
「そう。ティントとの国境が落ち着いたようだから、マッシュ先生の伝記の取材に行こうと思うの。男手があると心強いわ」
 マッシュ先生というのはアップルさんの恩師で、トラン共和国建国の立て役者でもある人だ。アップルさんはマッシュの死後20年近く経つ今でも、その足跡を追って伝記を書いている。
 グラスランドか…。マッシュ・シルバーバーグはえらいこと各地を転戦しているんだな。
「悪い話じゃないな。いいぜ、アップルさん。付き合うよ」
「助かるわ」
 そしてアップルさんはにこにこ笑って、
「アルベルトはハルモニアに士官が決まったそうね。どこかで会えるといいわね、シーザー」
 と言った。
 本当にこの人には敵わない。
「…なんで知ってるんだよ、そんなこと」
「アルベルトが報告に来てくれたのよ。ね、会えるといいわね」
 あの野郎。俺は水に浸したタオルを捻りあげた。ボウルの氷は半分ほど減っている。
「会いたいもんかよ、あんなやつになんか」
「ふふふ」
「なんでそこで笑うわけ…」
 タオルで熱が引いてきた左頬を覆う。それでもまだじわりと痛んだ。畜生。俺は舌打ちする。
 前線でなら会ってやってもいい。敵同士でなら。
 そう思いながら。
作品名:その軌跡 作家名:nima