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monopo・rhythm

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ゆら、ゆら、ゆら。一定のリズムで身体が揺れる。足が地につかず浮かんでいるような、なのに不思議と安心できるようなこの感覚。とても懐かしい感じがする。よみがえる昔の記憶を探ろうとするけれど、ゆらゆら揺れる心地よいリズムのせいで思考がまとまらない。懐かしい揺れ、懐かしい温度。ああ、そうだ。この温かさには覚えがある。ずっと昔、まだ自分が小さな少女だった頃、父の背中に負われて帰った日の記憶。寡黙で、甘やかされることはなかったけれど優しかった父の記憶だ。思い出すと同時に意識が覚醒に向かい、静香はうっすらと目を開けた。

「ん……?」
「あ、起きた、シズちゃん?」

ごく間近から声をかけられ、不可解に思いながら目を開ける。目の前には黒い学生服の詰襟と肩、短い黒髪、耳の裏側。状況が理解できなくて、静香はぼんやりと重い瞼を何度も瞬かせた。

「何……?」
「あれ、まだ寝ぼけてる?」

からかいと苦笑を同時に含んだ笑いがすぐ近くで聞こえた。その声には聞き覚えがある。いや、よく知った声だ。至極不本意だが、この声だけは聞き間違えるはずもない。いつも身勝手な屁理屈を滔々と述べ、こちらを撹乱して煙に巻く大嫌いな声。脳が認識した瞬間、条件反射のように身体の隅々まで電流が走った。指先まで怒りが爆ぜて、思考より速く全身の筋肉が反応した。

「いっ……!?」

にも関わらず、静香の意思に身体は従わなかった。正確には、反応できなかった。全身の筋肉という筋肉、そして骨までが悲鳴を上げ、激痛を訴えたのだ。目の前がチカチカするほどの痛みに、視界がぼやけた。
静香が痛みに震えたのがわかったのか、また男が苦笑した。刺激を与えないようにそっと静香を背負いなおす。ああそうか、今自分はおんぶされているのか。ようやく状況を把握したけれど、それは静香にとって決して喜ばしいものではなかった。痛みに歯を食いしばりながら、自分を背負って歩く男に問う。

「てめ……臨也、どういうことだ……!?」
「どうもこうも、覚えてないの? シズちゃん、屋上から落ちたんだよ」

呆れたように臨也が答えた。その口調にまた苛立ちが募ったけれど、同時に意識を失うまでの状況を思い出す。
そうだ、今日もいつものように見ず知らずの生徒たちから喧嘩を売られたのだ。極めてオリジナリティに欠ける挑発語句を並べ立て、肩を怒らせて威嚇するように迫ってきたのだ。毎度毎度顔ぶれが変わるだけで、同じことの繰り返し。そしてまた自分も、誰彼構わず同じように怒りのメーターを振り切ってしまう。
しかし、今日は唯一、いつもと違うところがあった。場所が屋上だったのだ。静香が昼食を屋上で食べていると、いきなり顔も名前も知らない生徒たちが「お前、平和島静香だな」と無礼極まりない口調で声をかけてきたのだ。ただ昼食をとっていただけなのに、穏やかに昼休みを過ごしたいのに、何故邪魔をするのか。苛立ちを感じた瞬間には既に静香の手の中の箸は真っ二つに割れていた。

「……それで……あれ? どうしたんだっけ……」
「それでシズちゃんキレたんだけど、フェンス剥がして投げつけた時にバランス崩して校庭に落ちた」

何故か不機嫌そうに臨也が真相を教えてくれた。不機嫌というよりは、拗ねているのだろうか。こいつのことだから、皮肉交じりで馬鹿にしてくると予想していたのだけれど。

「ったく……よく屋上から落ちて死なないよね」
「うるさい」

その分全身を強打したせいか、身体を動かすこともできない。臨也なんかにおぶわれて、その背を降りることもできない。絶好のチャンスなのに、首を絞めることもできない。ただ背中でゆらゆらと揺られていることしか、できない。

「シズちゃん……ほんと、何ですぐに喧嘩買っちゃうのかなぁ」
「うるさいって言ってるだろ」

静香は、一言で言えばとても目立つ。脱色して染め直した金髪に、端正な容姿、メリハリの利いたスタイル。街を歩けばよく視線を集めるし、ナンパされる回数も少なくない。けれど、静香に言い寄ろうという男は学内にはまずいない。来良学園において、「平和島静香」の名は恐怖と共に語られるのだ。同時に、半信半疑だったり、噂を本気にしていなかったり、怖いもの見たさの人間がほぼ毎日静香のところにやって来て喧嘩を売りつけてくる。そして静香は、毎度飽くこともせずその喧嘩を「強盗」する。少しでも苛立つ発言をしようものなら、異常に低い静香の沸点はすぐに突き抜けてしまうのだ。一度キレてしまえば、誰も静香を止めることはできない。殴り、蹴り、投げ飛ばし、そこいらにある物ならたとえ公共物であろうが投げつける。加減など知らない。立ちふさがるものは、全力で排除する。それが静香の日常なのだ。
けれど静香とて、こんな日常を望んでいるわけではない。むしろ本人は名前の通り「静かな」生活を送りたいと心底望んでいるのだ。ただ、周囲がそれを許さない。特異な怪力が許さない。静香に、平穏は与えられない。

「……こっちだって、好きで喧嘩してるわけじゃない」

喧嘩なんか好きじゃない。暴力は嫌いだ。誰が好き好んで他人を傷つけたいと思うのか。そっとしておいてほしい。構わないでほしい。平和で静かに暮らしたい。ごく平凡な願いも、非凡な存在には許されないのか。学生服の肩に置いた手を握りしめると、脇腹に鈍い痛みが走った。

「っ、く……」
「……シズちゃん、ちょっとは自覚してよ」
「……?」

ぽつりと落ちた言葉。はっきりとは聞き取れなかったけれど、何故か聞き返すのは躊躇われた。臨也の声のトーンが、普段とは違っていたからだろうか。人を食ったようないつもの口調は鳴りをひそめ、焦りを冷静さの奥に押し込めて、淡々と言葉を継ぐ。

「俺は、心配なんだ。シズちゃんは無茶ばっかりする」
「……別にお前には関係ないだろ」
「嫌なんだよ。他の人間にシズちゃんが傷つけられるのを見たくない」

だから、俺の知らないところで傷なんか作らないで。シズちゃんを傷つけていいのは俺だけだ。そう締めくくって、臨也は口をつぐんだ。あまりに勝手な言い分に、呆れて静香は言葉も出ない。臨也が静香を背負い直した拍子に、ウォレットチェーンがしゃらんと音を立てた。

「……勝手に死なないでね、シズちゃん」
「はぁ……?」

死なないで、と臨也はもう一度繰り返した。てっきり「シズちゃんを殺すのは俺だから」とでも続けるのかと思ったのに、臨也はそれっきり黙りこくってしまった。
ゆら、ゆら、と身体が揺れる。父ほどは大きくない背中だけれど、この振動は心地よい。普段ならとっくに殴り飛ばしているところだが、黙ったままでいるのなら今日はこの心地よさに免じて見逃してやってもいい。一定のリズムと服越しに伝わる体温を遠い記憶に重ねながら、静香はそっと目を閉じた。
作品名:monopo・rhythm 作家名:とおる