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世界を明日を、ぼくをきみを繋ぎとめてくれない夏の終わり

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二日続きの雨が降っていた。
しとしと、と地面を湿らせ、そして夏の彩度を濡らし落としてゆく霧のような雨は窓を滲ませる。
その窓から空を見上げれば、この国にはあるはずのない鮮やかなオーロラが揺らめいていた。ひどく美しい色彩。夏なのに、空に揺れるそれは薄ら寒く、しかしやはり美しかった。
やるせない気持ちを抱えたまま、開いていた本を閉じる。整理整頓が出来ない机の上に、自分の為に用意されたコーヒーの入ったマグカップがぽつん、と置かれている。まるでそれは世界から忘れ去られたように、机の上に散らかった本たちの中から浮いて見えた。マグカップから立つ湯気を眺めながら、ああもうすぐかな、と思考した。
眠れば、死ぬのだ。そのまま目覚めることなく、自分の世界は閉じる。それはあまりにも簡単で、あまりにもつまらないなあ、とレイヴンは閉じた本の表紙を人差し指で叩いた。
とんとんとん、と指と本を鳴らし、思考にとらわれていると、その中にこつ、という音がレイヴンの耳に届いて部屋の扉がある方を振り返った。
書物に埋もれた部屋の扉がゆっくりと開き、その隙間から黒髪が覗いた。
「まだ起きてたか」と声が聞こえて、レイヴンは苦笑した。「まだ、生きてるよ」と小さく返す。
すると彼、ユーリは一度だけ俯いて、すぐに顔を上げて何とも言いがたい表情をした。泣きたいのか、怒りたいのか、笑いたいのか。レイヴンはユーリのそんな、色んなものが混じってしまった顔をしたのは、はじめて見たので、驚いた。
ほとんど扉の前を塞ぐように積み上げられた書物を扉で押して部屋の中に入ってきたユーリの手にはレイヴンと似たようなマグカップが存在していた。夏なので寒くもないはずなのに、白い湯気がゆらゆらと立っている。両手を添えながらマグカップを口につけたユーリと無理やり目を合わせて、レイヴンは少し首をかしげた。するとユーリの目が眇められて、ひとつ、大きく瞬きをした。

「・・・・・・。」
「ね、どう?」
「・・・・・・。」
「喋ってよ。独り言みたいじゃない」
「聞こえてんだろ?」
「それでも。ね?」

頭の中に直接響くような相手の声。相手の想いを、声を、感じ取る力。(そうして、どうなった?)
それは、都合のいいものだったのろうか。(どうしてこんなことに)
そして、大半の人間が分かり合えずに(もしくは直接声が届きすぎて)、眠りについて、目を覚まさぬまま、死んでゆくのに。(でも、今更悔やんでも仕方がなかった)
ユーリは面倒くさそうに眉を顰めた後、こんなことにしといて声が聞きたいってどうなんだよ、とレイヴンのマグカップの隣に自分のマグカップを並べて、きん、と音を響かせた。硝子が触れ合う音。それは静かすぎる部屋の中に染み渡るように、響く。
本の世界にひとり取り残されたようなレイヴンのマグカップの隣に置かれたもうひとつのマグカップを眩しそうに目を細めて見た。まだ、ここにいる。そう声なき声がして、レイヴンはユーリを仰いだ。
外には夏の雨が降る。それでも雲の切れ間から覗くのは眩しいほどの日差しと、美しいオーロラが揺れる昼下がり。沈黙した世界の隅っこで、もうじき訪れるであろう眠りの恐怖を隠し、騙すようにレイヴンはユーリに笑った。

「雨、上がったら一緒に散歩でもどう?」

まだ一緒にいさせて、という声がユーリに聞こえたかなんてことは、レイヴンにとってどちらでも構わなかった。
ただ仕方なさそうに、しょうがねぇな、と苦笑してくれたユーリがそこにいたのだから。
それで、よかった。
ただそれだけだったけど。

ふいに、泣きそうになった。




世界を明日を、ぼくをきみを繋ぎとめてくれない夏の終わり