貴方しか、見えない
されば、うちのクラスのほぼ全てが人よりもかなり秀でているという結論は簡単に出るだろう。優秀な者は、他よりも優れていてこそ認められる。数が多く、他と変わりないならば、それすなわち凡庸な人間という事だ。よってこの説の正しさは証明されない――否、誤りが証明されたと言うべきか。
僕が何を言いたいかって?
そうだなぁ、結局は意味なんて無いんだ。
ただの言葉遊び、ただの現実逃避。そんな事でもしていなければ、目の前で繰り広げられる光景を客観的に捉える事が出来ない。人の優劣が適応能力で決まるなら、私は大分劣った人間として分類されていただろうね。
「しーずちゃん!」
「うぜぇ、近寄んな」
背中に張り付いてきた臨也を振り払おうとする静雄だけど、がっちりと貼りつかれていて中々振り払えないでいる。そのうち、舌打ち混じりに首に回された臨也の手を静雄が掴む。
折られても文句は言えないじゃ…。それは1週間前までのギャラリーの心境だ。
今は違う。静雄に手を取られた臨也は、それはそれは嬉しそうに顔を綻ばせる。折られるかもしれないなんて恐怖を、欠片も感じていない幸せいっぱいの顔だった。
「なーに?シズちゃん、俺と手が繋ぎたいの?」
「ちげぇよ!手前がウザいからっ…、どこ舐めてんだこのバカ!!」
「あれー?シズちゃん耳が弱いの?そっかそっか、かーわいい!」
「死ねよ、ノミ蟲…!!」
地の底から絞り出すような声も、臨也の恐怖心を擽る事はしないようだ。
周囲も慣れたもので、次の教室移動に向けて各自教科書を持って特に急ぐ様子もなく教室を後にしている。まぁ、春からずっと喧嘩し続けている二人を一番目撃しやすいうちのクラスの人間にとって、このレベルの言い合いでは危機感を感じないのは分からなくもない。ただ、この臨也の挑発の仕方が、どうにも僕は慣れない。臨也が静雄にベタベタして、あまつさえ可愛いだって?あんなに嫌いだ嫌いだと繰り返していた相手に、よくそんな事を言えるよね。そう尋ねた私に返ってきた答えは『だってあれが嫌がらせに一番効果的なんだよ。本気で嫌がる素振りを見ると、ぞくぞくするよね』という実に歪んだものだった。
飛んでいく机を避けながら、遅れるよと ぞんざいに忠告して自分も教科書を持って教室を後にする。言い合う二人の声が、廊下を曲がる頃ぴたりと止んだ。足を止めるなんて無粋な事はせず、予鈴の音を聞きながら、同じペースで足を動かす。
(あんなわざとらしい喧嘩、よく続ける気になるよね)
皆は気付いていないようだが。
臨也曰くの嫌がらせ、
静雄の力がありながら、されるがままになっている状況
合わせれば推測は容易だ。
(まぁ予想外…というわけではないんだろうけど)
互いが互いを意識し過ぎていたと思う。
険悪と憎悪で成り立っていた関係だが、言いかえるならば執着に他ならない。
今の彼らが纏うのは、造られた険悪の空気
だからこそ、私はそれに慣れる事が出来ないでいる。
ああ、これが友達に隠し事をされた寂しさなのかな、なんて事を考えながら
結局僕の頭を占領したのは、早くセルティに会いたいなぁという何時もと変わりない恋慕だった。
貴方しか、見えない
(彼も、彼も、それから僕も)