C H O C O L A T E
次の日、彼のことが忘れられずもう一度先生の家を訪ねた。
呆れ顔の先生を前にしても気づかず、相変わらず目は彼を追っていた。彼の一挙一動が気になって仕方なかった。彼は音一つとたてず、優雅に、流れるような動作をした。姿勢もピンとして、歩き方は滑るように。完璧だった。彼のいれる紅茶もお菓子もおいしかった。ただ、味わえるようになったのは、彼が部屋から出て先生と話はじめてからだった。
帰り際先生に一言、「相変わらずのようで」と言われた。理由が分からず困惑した顔を見せ、最後に彼を見てから家を出た。
偶然に彼を外出先で見かけた。声をかけずにはいられなくて、急いで店から出た。名前を呼ぶと彼が振り向いた。初めて会ったときから彼の表情は変わらず、たんたんと「こんにちわ」と頭を下げられた。目が合うとどぎまぎして、何か話さなければいけないように気持ちなったが、何も思い浮かばなかった。このまま引き止めるわけにもいかない。しかし、もう少し一緒にいたかった。互いに出る言葉もなく沈黙が続いた。顔を俯かせ、必死に言葉を探していたとき、彼が思いがけないことを言った。
「少しそこら辺を歩きませんか」
「はい」
即答した。彼が一瞬だけ笑ったように感じた。
本当に近所を少し歩いてから、別れた。名残惜しくて、彼の背中が見えなくなるまで立ち止まっていた。もう一度会いたいと思った。
翌日も翌々日も出かけ、彼に会いに行く。そんなことを繰り返せば彼は慣れ、周りは怪しんだ。まだ最初のほうは良かったが、父にまでそのことを聞かれれば、黙るしかできなかった。よく分かっているつもりだった。好きだという感情だけどうこうできるものではない。しかし、会わずにはおれなかった。彼のことを愛していてた。
先生の家を訪ねた。彼に会いに。
「もうすぐ奥様もお帰りになります」
「今日はあなたに会いにきたんです」
彼は部屋を出て行った。振られたかと思った。恋がここで終わったと思った。
「これを」
彼がいつの間にか音も立てず戻っていた。そして、何かをくれた。
「開けても」
「はい」
8個入りのチョコレートだった。
「お礼です」
「え?」
彼が一つチョコレートを取り、言った。
「口を開けて」
彼の手からチョコを口に渡された。今まで一定の距離で接していたから、彼が急に近くなってびっくりして、何をされているか脳が理解できなかった。
「ください」
ようやく脳が現状に追いつたとき、躊躇いなく彼に口付けた。彼との口付けは甘く、とろけた。思えばあの時彼も一目惚れしていたに違いない。未だに彼のことはよく分からないが、彼は好きなのだ。
わたしのことが。
作品名:C H O C O L A T E 作家名:こん