どきどきがとまらない
そう言ったのは密かに憧れていた伝説の人だった。
わずかなりにショックでも受けるかと思ったが、全然で、和也はむしろ興奮した。
「あんた、何その格好」
「お帰りなさいませ、ご主人様」
同じ台詞を機械のように繰り返すメイドカイジは、それでも和也には萌えた。
すべてを知ってるからこそ、そのギャップ。
他人には分からない、本当のカイジを知りえるものしか分からない、そのギャップ。
「おいおい、」
「なんでお前がこんなところに来てるんだよ!」
小声で和也だけに聞こえるように話すカイジにまた、ときめく。
もう、だめだ。なんだこの男は。一体俺をどうしたいんだ。
胸の内はあらゆる煩悩と欲望が渦巻くが、そんな素振りを一切和也は表情に見せなかった。
「あんたさ、そんな格好して何してるわけ?また借金?」
席に案内された和也はまず気になることを聞いてみた。
「ご主人様、ホットコーヒーになります」
「無視かよ」
「ちーげよ!俺だってなこんな格好したくねーよ。でも、…約束なんだよ…」
また、いらんお人好しか。
「それより、なんでお前がこんなとこに来てんだよ」
「当たり前だろ。俺は“兵藤和也”だぜ?」
「意味分かんねーし」
「そんなこと云うのカイジだけだろうな」
「しかもVIP。VIPはいいよ。お前は“兵藤和也”なわけだし。でも似合わねーよ。お前と“ここ”」
「だから、VIPなんじゃん。それにあんたこそ似合わねぇ」
「まさか、ここも…」
「帝愛が世の流行に遅れるわけないだろ。今や日本経済に一役かってるんだぜ」
「これが?」
メイド服のたおやかなスカートの端を摘まむカイジの姿に可愛いななどと思いながらも、和也の表情は変わらない。
「まぁ、一時だろうが金が動く。現に動いてるわけだ」
「そうだよなぁ。だってこのメニュー、ぼったくりかって俺だって思うし。まぁあ?お前は金持ちだよ。VIPにもなるし、メイドさんだって一人や二人ぐらい簡単に貸し切れるよな」
「云っとくが貸し切れたのはあんただからだぜ」
「分ーってるよ、そんなこと。ここで働いてれば分かる」
「あんたいつから働いてるの」
「一昨日」
「……一昨日ね」
「お前、裏は凄いんだぞ」
ぶるっと震えて云うカイジに和也は想像はつくなと思った。
女ほど裏がないやつなんていない。
「でも、今日までだし。最後にお前がくるとは思わなかったけど」
クスクスと笑うカイジはメイド服なんて着ているからか、いつもと違う。それでも、カイジは和也が憧憬するカイジだ。
それにいつもと違う姿はどこか倒錯的に和也をくらくらさせる。
「なぁ」
「何」
「今俺はご主人様で、あんたはメイドだ」
「だから」
「こっち来い」
「ここからは有料となっております、ご主人様」
「何のためのVIPだよ」
和也は手を広げ、カイジを自分の膝の上に招いた。
カイジは無言、無表情で和也にされるがまま。
膝の上に乗ったカイジを抱き寄せ、見上げれば不機嫌そうな顔でそっぽを向いている。
ああ、カイジが自分の膝の上に大人しく乗っている!
和也の心臓はばくばくと早鐘を打ってるかのようだった。
正直、反抗すると思っていたから、こう素直に来られると和也はどうしていいか分からなくなる。
「カイジ」
「年上を呼び捨てにするな」
「今はご主人さんとメイドだろ」
「だとしても、せめてさんとかつけろよ」
「可愛いな」
「あぁあ?!」
今日初めて和也の本音が出てしまった。
「だから可愛いなって」
「お前の目は節穴か!」
顔を赤くするカイジもまた可愛いなと思ったが、今度は声に出さなかった。色んなところを和也に触られていることに気づいたカイジは、今度は別の意味で顔を赤くした。
恥ずかしいんだ。嗚呼、接吻したいな。この唇に接吻がしたい。そして、それからカイジのすべて喰らい、全部自分のものにしたいと和也は思った。
(この人が欲しいんだ、俺は)
「坊ちゃん…!」
「接吻させてよ、カイジ」
「ご主人様、それは別料金となっております」
「おいおい、冷めさせるなよ」
「当たり前だろ!今時のメイドはな金取るんだよ!」
世の中間違ってるな、いや、これはこれで当たってるのかもしれない。
しかし、ここまではないだろう。
「カイジさん、接吻させてよ」
「卑怯だぞ、お前」
人はギャップに弱い生き物なのだ。
恥ずかしそうに、目を閉じて迫ってくるカイジに、和也の心臓はやばいくらいにどくどくと唸っている。
柔らかな唇が和也の唇に触れた。その瞬間をけして逃さないように和也はカイジの髪に手を突っ込む。
意外に柔らかい髪に、そして甘い唇に和也は背中に痺れを感じた。
口付けもまた、触れるだけのかわいらしいものから、舌をねじ込むほど濃厚のものへと変わった。
嗚呼、最高だ。
作品名:どきどきがとまらない 作家名:こん