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イタリアより愛をこめて

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 イタリアにいる諜報員の、ハワードからアーサーへ、手紙が届いた。味気のない白い封筒に、ハートのシールでもしてあったら面白かったのだが、あいにく彼から届く手紙はいつも、どうしようもないくらい真面目なものだった。ペーパーナイフで丁寧に封を切り、取り出した紙切れはやはり、白く、しかしほんのりとエスプレッソの香りがした。すっかりイタリアに馴染んだ彼の姿を思い浮かべて、そっと目を細めて、手紙を読んだ。


 親愛なるアーサー様へ

 お元気ですか? 僕は今、昼食のパスタを食べ終わったところです。天気が良いので、テラス席で食後のエスプレッソを飲みながら、貴方に手紙を書いています。先日お会いした時に、いつも真面目な手紙ばかりだと言われてしまったので、こういうことも書いてみることにしました。
 潜入捜査の結果、やはりイタリアはドイツと親しいようです。先日も、彼らが食事をしているところを見かけましたし、兄のほうもスペインと交流があるようです。引き続き調査をして、詳しいことがわかり次第また報告しますね。
 今、貴方がこの手紙の、暗号を解きながら読んでいることを想像すると少し笑ってしまいます。貴方に教えていただいた文字で暗号を作って、貴方に読み解かせるなんて。おかしいでしょう。
 先日お渡ししたイタリア製の香水は気に入っていただけましたか? 今度こちらへ来るときは、アーサー様だとばれないように香水をつけてきてくださいね。貴方に似合うと思って選んだものですから、きっと気に入っていただけると思います。
 そういえば、先日うちへ寄った際に、忘れ物をして行かれたので一緒に送りますね。ライター、忘れて行ったでしょう。ないと不便でしょうから、早急に。胸ポケットにしっかり仕舞ってあげてくださいね。
 お忙しいでしょうけれど、体調にはお気をつけて。こちらに来られる際はご連絡お待ちしています。

 イタリアより愛を込めて。貴方のハワードより。


 テラスでパスタを食べるなんて、彼のなんとイタリアナイズされたこと。確実に、ハワードは、イタリアに溶け込んでいる。イギリスに誓った忠誠と、半分流れるラテンの血をもって、アーサーに、誠意を示している。本当はイギリスに帰りたいと、あの夜彼は言った。「だけどここで、アーサーさんのために」、と言って微笑んだ彼の、笑顔はとても寂しそうで、どうしても断れなかった夜だった。翌朝は、彼の目が覚める前に、そっと部屋を抜け出した。用意してくれた新しいスーツに身を包み、髪をセットし、朝のイタリアに一歩足を踏み入れた。早朝だったので、人はほとんどいなかった。光につつまれる町を見下ろして、イタリアを出た。シャツの袖口から香るエスプレッソがほのかに、アーサーの鼻腔をくすぐった。

20100523
『イタリアより愛をこめて』
作品名:イタリアより愛をこめて 作家名:千鶴子