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指先に贈る、

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「ねえ官兵衛殿。俺が死んだらさあ、俺のこと食べてよ」
 にこりと、殊更綺麗に見えるように意識して微笑みながらそう吐き出したら、彼は案の定、出来の悪い子供を見るような眼差しで俺のことをちらと見遣った。逃げるようにすぐに逸らされた彼の瞳が、何を言いたいのか知っている。自意識過剰でも何でもなく、ただ純然たる真実として横たわるそれに内心深く満足しながら、けれどそれを悟られないようによりいっそう意地悪く弓なりに反らせた瞳でもって彼を捉えた。
「ねえ、無視しないでよ官兵衛殿。かんべえどのってば~」
 口先だけ、無知な幼子を装ったそれは不必要に甘ったるく室内を攪拌する。はあ、と彼が溜息を吐いた。彼の声帯が作る音は堅く低い。真冬の湖のようなそれがどうにもこうにも艶やかで甘やかに感じられるのは、多分俺を構成する総てが彼を欲しているからだろう。病的な麻痺。けれどそれすら愛おしい。
「卿はどうしようもない馬鹿なのか、救いようのない阿呆なのか、断じ難いな」
「それはどうも。でもどっちも外れだと思うなあ。強いて言うなら、狂ってる」
 彼の眉間に皺が寄る。しかしそれもやはり一瞬の変化で、彼は何事もなかったかのような涼しい顔で空気を歪める燭台の炎を見詰めていた。彼のことを愛おしく大切に思う心に休みはないけれど、その感情がよりいっそう凶悪なまでに肥大するのはこんな時だ。彼は俺以外の人間の言葉で、表だって見えるほどに感情を露呈したりしない。喩え一瞬であってもだ。無意識なのか意識的なのかは判らないけれど(多分、前者だと憶測はしている)、俺にだけ見せるその空白が、決して言葉にされることのない彼から俺への信頼であり、甘えであり、好意であるのだからたまらない。
 抑えの効かない感情のまま彼の手のひらに触れる。懸念を裏切り、彼が俺の幼い指先を振り払うことはなかった。
「責任取ってよ官兵衛殿。俺が狂ったのって、官兵衛殿の所為なんだからさあ。 責任取って、ちゃんと食べてよ」
「身に憶えのない事の責任など取れぬ」
「ひっどいな~ ただ俺はさ、いつまでも官兵衛殿と居られる方法を模索してるだけなのに」
「ならば、埋葬してきた生きる意志を拾う所から始める事だな」
「……あー もう、本当、やんなるよ」
 官兵衛殿ってどこまで俺のことわかってんだろうね、と投げ遣りに言えば、彼が笑った気配を感じた。無論、彼の顔に敷かれているのは相変わらずの苦い顔ではあったのだけれど。
 彼の手のひらから伝わる熱が、生を強烈に意識させた。何時までも、この手を離したくない。今生でも、冥府でも、来世だろうと、その先であっても。
「ねえ、官兵衛殿、俺生きるからさあ。手、離さないでいてよ」
「……検討しておく」
「そこは即答してくれてもいいのに」
 けれどそれが彼の肯定だと知っている。
 拭いきれない虚無感を押し込めて、俺は込み上げる愛惜に突き動かされるまま、彼の指先にそっと口吻た。
作品名:指先に贈る、 作家名:日生