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おそらく叶えられる11文字の願い、とぎれとぎれ。

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ハラリと冷気を含んだ風が窓から差し込んできて、ほてった頬を撫でるように冷やす。
 生徒会長のデスクで本日最後の仕事を片づけている目を細めたイギリスを、そっと薄く唇を開きながらセーシェルは見つめている。
 視線は彼――特にその唇にそそがれていて、さっきからずっと彼女は同じことを繰り返しなぞるように思っていた。
 キス、したいなぁ……。
 キスしたい。したいのに。ほんの数文字の言葉が唇の外へでない。キスして。
 イギリスは誰にはばかることもないセーシェルの彼氏だ。好きだと言われて、私もですと返して、恋人になった。他に誰もいない場所で身を寄せあい、唇を寄せあうのに不都合も障害もない。外は夜。生徒のほとんどは下校していて、邪魔が入る心配もない。
 だけど、二人はつきあい始めてそれほど時間が経っていないのだ。やっと手を繋いでデートができるようになって、キスした回数もまだあんまり多くなくって、それらはイギリスがセーシェルを引き寄せてしてくれたのが全部で、ちゃんとした、いわゆる『大人のキス』をしたのは昨日が初めてというくらいで。
 昨日。
 ぼっ、とセーシェルの顔に火が灯る。
 昨日。紅茶を淹れてあげるために給湯室でお湯が沸けるのを待っていたセーシェルの横に、イギリスが立った。気晴らしだ、たまには俺が淹れてやる、と彼は缶を開け、セーシェルが用意しておいたティーポットに専用のスプーンで二人分の茶葉を淹れた。
 しゅうしゅう、ヤカンの立てる音を聞きながら二人で待った。
 視線を感じて見あげると、イギリスと目が合う。
 ……あ。
 翠の目がうかがうように揺れた色をしていたので、彼がキスしたいんだとわかった。
 一歩近づいて、指先で彼の手に触れるときゅっと指を絡めるようにして握られる。優しく抱き寄せられて、セーシェルは赤くなった恋人の顔を見あげ、自身もきっと赤い顔をしながら、目を閉じて唇を差し出した。
 吐息をすぐそばに感じ、重ねられる柔らかなイギリスの唇。
 胸の奥、みぞおちのあたりがきゅうきゅうと締めつけられるように軋む。触れあわせて、離れて、また触れて、何度も繰り返す。
「ふぁっ……?」
 何回目かの時。ぬるっとした熱い感触がセーシェルの唇をなぞる。ぞくりと体が震えた。
「ふえ、イギ……」
 顎を引きながら瞼を開くと、目の前にはもちろんイギリスの顔があって、イギリスの唇があって、彼は熱っぽい表情を浮かべながらセーシェルの唇を追いかけた。
 思わずセーシェルが一歩下がると、壁に押しつけられる。顔に手が添えられ、上向かされる。ちゅっと音を立てて吸われて、
 あとはほとんど何が起こったのかわからなかった。
 気がついたら、生徒会室のいつものソファに座ってイギリスにもたれていた。知らずに息があがっていて、瞼に涙がにじんでいた。
「悪かったよ……」
 そんなふうにイギリスは言った。テーブルの上のは二人分の、紅茶。
 知識にはあった。セーシェルがされたのは、べろちゅー、というやつである。大人のキス。もう一個知っていることはあった。イギリスが、世界で一番キスの上手い男だということ。
 いつかすることになるだろうとは思ってはいたけれど、
 ……こんなに、
「飲まないのか」
「……ん」
 そしてもう一度目が合った。
 紅茶に伸びかけたイギリスの指がセーシェルに触れ、髪に差し入れられる。
「その、今度は、そんなに激しくしない、から」
 たどたどしく言うのに、半分自動的に頷いて、再び唇が塞がれる。
 背中に回された腕の熱さや力強さを感じながら、深く唇が溶けていく。差し込まれた舌と睦みあい、からめあうたびにちゅぷちゅぷと濡れた音がする。怖さはやがてどこかへひそんでいき、心地よさとじんわりと足の痺れる感触が増していく。
 夢中で恋人の舌を舐めあう時間は瞬く間に過ぎていき、唇を離して、離したままでいられるようになったときにはすっかり夜が更けていた。
 送ってくれた寮の前で思わずすがりつき、きつく抱きあった。
 好きで好きでたまらないと思った。
 今日になり、放課後になる。
 昨日のあの感じが欲しくて、つまり恋人とキスがしたくて、もうお前のできる仕事はないから帰っていいと言われても言うとおりにせず、ソファの背もたれに隠れるようにしながら仕事をするイギリスを見つめているセーシェルなのだった。
「セーシェル」
 ぼぅっとしていたら、イギリスがどこかばつの悪そうな表情を浮かべてセーシェルを呼んだ。
「今日はもう帰れよ。遅くなったら一人だと危ないだろ」
「送って、くれないんですか?」
「ん……今日はちょっと用事が、な。だから」
「はい……」
 背もたれに預けていた体重を引いて体を起こす。
 ……イギリスは、今日はそんな気分じゃないのだろうか。
「……あのっ!」
「な、なんだよ。線がぶれるところだっただろうが」
 思ったより大きな声がでてしまった。
「あのっ、ですね。イギリスさん」
「ん、どした?」
「イギリスさんは、私の彼氏ですよね」
「なんだよ……いまさら、そんなの」
「私って、彼女ですよね」
「……そうだよ。それがなんだ」
「彼氏と彼女ってつまり恋人で、恋人はその……」
 勢いよく喋り始めたのだが、自分でも何を言ってるのかよく分からなくなってきて、セーシェルは急にしゅんとうなだれた。
 ソファに爪を食い込ませる。
「……ちゅーしたいんですけど」
 がたっ! と椅子を蹴る乱暴な音がするまで、ゆうに一秒は間があった。
 ずかずかとイギリスは無遠慮に歩みより、身構える暇もなく腕をとる。
 覆い被さるようにして与えられた唇は、昨日と同じ温度。
 目を閉じて、争うようにお互いの口内に侵入しあい、また受け入れあう。
「ばかっ、この……!」
「なんで、ばか、ですかっ!」
 が、と額に額がぶつけられる。
「痛った……」
「俺は我慢してたんだよ……っ」
「わ、私もですよ……!」
「この、なんもわかってねぇくせに……」
 イギリスはセーシェルの右の額、瞼、唇とキスを落としていき、つっ、と首筋に滑らせる。鎖骨の筋に唇をとめ、吸う。
 ぞくりと体にはしるものがあり、思わず声をあげる。
「あ、んっ」
 彼は吸いついた痕をぺろっと舐め、再び唇を奪う。
 その手が、
「……! やっ、」
 セーシェルのそれなりにふんわりと豊かな乳房の一つに触れ、ふにりと服の上から形を変える。
「い、ん、ぐ、ぁ。」
「……わかっただろうがっ!」
 といって混乱したセーシェルから顔を背け、また、我慢できないと言ったように首を振ってセーシェルの唇に唇を重ねる。
 セーシェルは体中どこにも力が入らないくらいにどろどろにされて、次に唇が解放されたときには酸欠で目の前が白くなりかけていた。
 そんな彼女を、イギリスは大事に大事に情熱を込めて抱きしめ、耳元で、掠れた声でその願いを口にする。
「〝……………………………〟」
「……は……」
 セーシェルは言葉で応えるより先に、彼の背中をぎゅぅっと掴んだ。
 
「……私も」

 そう言えたのは、二分後にやっと。
 驚愕の表情を見せるイギリスの唇を、首を伸ばしてちょいっと盗んだ。