アン・ノウン
結果など見え切っている。嫌悪されるか笑って冗談と片付けられるかふたつにひとつだろう。
みっつめの選択肢なんてこれまでもこれからも存在し得ないし、そんなもの必要ないと思っていた。それが俺と彼との適切な距離の取り方だと、無駄に重ね続けられる時間の中で俺は悟っていたからだ。
しかし日常など数奇なもので、ちょっとしたことでもってあらぬ方向へと標を変えてしまうのだ。
彼は酔っていた。
毛足の長い絨毯の上には、無秩序に空き瓶の林が乱立している。俺はそれらを横目で眺めて、それからはあ、とひとつこれ見よがしに溜息をついた。
珍しいこともあるものだ、と思う。彼がここまで酔うのは珍しい。どちらかといえば普段は俺が酔ってこいつが心底嫌そうに面倒を見るというのがお決まりのパターンで、俺はほとんど彼が酔った様子を見たことがないのだ。
「あ~ もうほんまにありえんわあ…」
などと、彼はさきほどからさして意味のない言葉の羅列をひたすらに唇から産出し続けている。俺はとりあえず そうだな、 などと適当に相槌を打ちながら、グラスに半分ばかり残っていたワインを一息に呷った。喉を抜けて、熱い液体が胃を満たす。そんなことに無駄に意識を向けていた。気を紛らわしたかったのだ。酔った彼は非常に、視覚的に、なんだかどうしようもなく、暴力的だったので。
「ちゅーかじぶん、ちゃんとおれん話きいとる?てきとーに流しとるやろ」
酔っ払いは被害妄想が激しい。人の気など露とも知らず、おに!あくま!などと好き放題に俺のことを罵り、彼はぐいと勢い任せにワインを飲み干す。反ったくびもとで上下する咽頭がひどく目に毒だ。薄く色付いた頬も、うっすらと水の膜を張った瞳も。これ以上ないほどに胸がざわついた。
(意識をむけるな、酔っ払いは無視だ無視っ!)
しかしそんな俺の覚悟を尻目に、彼はなおも言葉を紡ぐ。じい、と真っ直ぐに寄せられる視線が痛かった。
「……イギリス、自分俺のこときらいなん?」
「………………は?」
「やってぜんぜんこっちみーひんし。話かけてもうわのそらやし。なんなん?ひどいわ!」
「べ、別に嫌いじゃねーよ」
否定したとたん、じろ、と彼の視線は鋭利な輝きを秘めたものへと変わる。何だって言うんだ一体。むしろそうしたいのは俺の方だ。というよりも。……嫌いなのはお前の方じゃなかったのか。
(……どうせ酔っ払い、か。)
俺は腹を括った。
きっと彼はこの夜のことなど明日には忘れているだろう。それならば、普段言えないことを言ったって罰は当たらないはずだ。
俺は、強い力で射抜いてくるみどりの瞳をしっかりと見返した。睨みあうかのように視線が絡まる。
「俺は、お前が、好きだ」
酔っ払い相手に馬鹿馬鹿しいことこの上ないが、これから先長い年月を歩んでも恐らく言う機会など巡ってこないであろうこの言葉を俺は非常に丁寧に、大切に、万感の思いを込めて告げた。言ってみて初めて、ああ俺はずっとこいつにこの言葉を伝えたいと思っていたのだと知る。言わなくてもいいなどと思っていたが、それは自分を誤魔化していただけに過ぎなかったのだ。
妙な満足感を胸中に抱きながら、俺は幾分ゆるやかにしたまなざしでもって目の前の存在をみつめた。
(さあ、どう答える酔っ払い……?)
ふ、と、彼が優しい笑顔を浮べた。
「奇遇やなあ。俺もすきやで」
主よ、俺はどうしたらいい?
アン・ノウン
(想定などしていなかったから、対処の仕方が分からない)(……たとえ相手が酔っ払いだとしても)