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終着電車のジェラシー

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「う~ん」

 まゆしぃは携帯を開く。首を捻って声も捻った。

 足も捻ってしまっていた。

 真夜中の秋葉原電気街改札口から、オカリンに電話する。怒られるかも。コス作りに熱を入れるのも大概にしないといけないね。

 回りは今だに工事中のため、白い仕切り壁が立ち並びひっそりとしている。自分が空色のワンピースを着ているからか、霧中をイメージしてしまう。

 三連のリボンが添えられた帽子を外して、辺りを覗ってみる。駅員さんはまだいるけど、薄暗い人気の無さが少し怖い。ひゅ~どろどろどろ~と、オバケでも出てきそうだ。後ろに並んでいる改札機もまるで棺桶のよう。

『まゆりか』
「あ、オカリン~」
『どうした、終電は一時ちょうどだったよな』
「うん、あと十五分くらいかな? それはいいんだけどね~」
『じゃ、なんだ』
「ちょっと足をくじいちゃって……」
『なんだと、ダルはどうしたんだ』
「ダルくん、つくば(エクスプレス)だもん。駅前で別れたよ」
『……』
「それでね、明日なんだけど……ってあれ?」

 耳から携帯を外して画面と向かい合った。目をパチクリ。

「……切れちゃった」

 すぐにかけ直そうとしたが、差し控えた。言葉で言い表せない何かを感じたからだ。

 まゆしぃは、ラボが存在するべき方向を見た。

 そこには白い仕切り板が、黙って立ちん坊しているだけだった。



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──5分後。

 霧の間を縫いながら、何かが近寄ってくる。

「ま~」

 ふらふらと角柱に衝突しそうになる。見えてないふうで、ちゃっかり寸でで切り返す。

「ゆ~」

 まゆしぃは、あまりの物々しさにちょっとだけ後退りした。

 これでもかとつま先でSの字を描きながら、千鳥足で近寄ってくる様は、まさに。

「り~」

 白衣を着たゾンビ。

「まゆり~」
「オ……オカリン、走ってきたの? 携帯でいいのに?」

 オカリンの顔が青ざめていた。

 まゆしぃもつられて、青ざめた。疲れきって、ボロボロの顔が見ていられなくて、苦笑いした。

「はぁはぁ……走ってこなきゃ、間に合わないだろうがっ」

 ラボから秋葉原駅電気街改札までは通常15分ほどだ。しかし今回は5分で到着した。それはつまりたくさんの意気込みで走らねばならず……電話を切ってから私用はそこそこに脱兎の如く走って来たのだろう。

「そういうことじゃなくって~……明日ね、病院へ寄って行くから、ラボに時間通り行けなくなるって、お知らせするだけだったのに」
「はぁはぁはぁ、ぜっぜっ」

 目の前で肩を上下させている。もう窒息寸前……

「……今日中に終わらさなきゃいけない論文? 課題? があるんじゃなかったっけ? まゆしぃはよく分からないけど」

 二の腕をやさしくつかんで引っ張られた。

「ほぇ?」

 予期してなかったので、少し驚いた。顔は上げてないので位置を特定することは出来ないはずだが……声で見当を付けたらしい。

「その話はもういい……ぜぇぜぇ、か、帰るぞ。明日はどうしても席を外せない用事があるのだろ? 歩けるのか? おぶるか?」
「それほどでもないから平気だけど……」
「た、助かった……ああ、いや、なんでもない。じゃ急ぐぞ。もう少しで一時だ」
「ホントに帰るの~? 課題は~?」
「明日にでも助手に手伝わせるからおっけーだ」
「……ずっるいんだ」

 意地悪そうに、はにかんだ。

 同時に好意に甘えることにした。走ればラボから五分で来れるんだねぇ、と身近な事を再確認する。

 予期せぬ幸運に心が躍る。実は少し不安だったのだ。仮に暴漢に出会ったとして、足には自信があるので逃げ切れる。しかし捻挫という足枷をはめられた状態では心許なかった。その辺りも加味して、飛んで来てくれたのだ……と、おもんばかる。

「ほら、行こう」
「ふぇ?」

 拍子抜けした声をだした。

 オカリンとまゆしぃとが、手のひらを組まれている現状に驚きを隠せない。運命線と感情線の交点から、体温が少しずつこちら側へ伝わってくる。未だに熱い。まだ息も整っていないから当然だけどね。

「なんだよ」

 ばつの悪そうな顔をしたオカリンに尋ねた。

「えっとね、急にどうしたのかな、って」
「なにが」
「だって、いつもだったら、恥ずかしいから、とか~」
「きょ、今日は特別だ……バランスを崩して倒れられたら適わんからなっ」

 手を繋ぎながらオカリンの後を追う。ちらちらと心配そうに傾いでくる視線がこそばゆい。

「ほら、行くぞ」

 改札口を通過した。突き当たり、すぐ横手に上のホームへ続いている階段がある。

 本当に大した事はないのだが……少しペースを落とした。

 終電の時間には、まだ余裕があるのを知っているからだ。

「ゆっくりで、いいからな」
「うん」

 手摺りに手を添え、一段目の階段を登る。手はやさしく握られている。

 ほのかな力で柔らかく握り返した。

 手摺りを使わず、二段目にオカリンが待っている。

 歩幅を合わせてくれている。

 自分を守ってくれている。

 このまま、続けば、いいのに、と思う。

 人生の階段を、一緒に、登って、行けたなら。

 永遠に──

「オカリン」
「なんだ」
「ありがとね」
「礼を言われるような事は、なにもしていない」

 終電が許す限り、この時間を堪能していたかった。
作品名:終着電車のジェラシー 作家名:もしオラ