恋する男、しない男
「そりゃすげえな」
「そうかい!そうだよね、セルティは素晴らしい!万物の女神だからね!」
仰々しく両手を広げ、新羅は思い人の名を連呼した
それをいつものことと右から左に聞き流しながら静雄は適当に相槌を打つ
実のところ、静雄は新羅の愛情を聞くのは嫌いではない
まぁ、時々面倒だけど
新羅がセルティに向ける言葉や声音、態度そのすべては彼女への愛情に溢れている
それは聞いていてむず痒いけれど、あたたかくてけして悪いものではない
人、ラブ!俺は人間が好きだ!大好きだ!!
そう叫ぶノミ蟲の戯れ言を聞くよりずっと気分が良い
「恋!恋愛はいいよ。というかセルティは素晴らしい!それだけで俺は幸せになれる」
「そうか」
新羅の言葉に嘘はない
真実そう思っているのがわかるから、そんなに苛々することもない
だから適当だけど、それなりに相槌を打つことも出来る
多分、新羅もそれが分かっている
自分のセルティへの愛を黙って聞いてくれる静雄の存在を凡そ好意的に受け取っている
勿論、一番聞いて欲しいのは思い人であるセルティその人なのだけど
「静雄はさ、好きな人とかいないのかい?恋はいいよ、本当に幸せになれる」
新羅は一度だけ静雄にこう尋ねたことがある
それに対して静雄は「恋なんかしない」と首を振った
「どうしてだい」
「俺は幸せになれるかもしれないけど、相手を幸せにしてやれないからな」
だから、恋なんてしない
出来ない
重ねて尋ねた新羅に静雄はそう答えた
今でもそうなのかな
ふと思って新羅は静雄に同じ質問をしてみた
「まだ恋は出来そうにないのかい?」
「しねえ」
「えー」
「なんでそんな残念そうなんだよ」
「え、だって、静雄と恋バナ出来たら楽しそうだよね」
「うわ、きめぇ」
本当に嫌そうに顔を歪めるものだから、新羅はちょっとおかしくなる
ひどいなぁと思いながら新羅は笑った
「でもさ、好きな人が出来たら教えてよね」
「いや、だから作んねえって」
「いつでも良いよ。相談くらいのるよ!僕の片思い歴は長いからね!!」
「それ自慢になんねえだろ」
静雄は呆れたように新羅を見やった
新羅の話は正直、嬉しい
でも、きっと好きな人が出来たとしても静雄は誰にも言わない
言わないで、それをなかったことにする
そう決めている
自分が好意を抱いたところで相手を傷付け不幸にするばっかりだ
そうに決まってる
だから恋なんてそんなキラキラしたもの出来るわけがない
だから、しない
それに、と静雄は考える
自分に好きな奴が出来たとあのノミ蟲が知ったら、その相手に何をするかわからない
自分がどうこうされるのは別にいい
頑丈だし、慣れてるし
何よりノミ蟲なんかに負けない
だけど、俺が好きになった奴は違う
ただの人間だ
臨也からも何より自分の力から守れる自信がない
やっぱり出来ないと静雄は結論付けた
ノミ蟲に出会って余計にそう思う
畜生
イラリ・とした瞬間、手にしていた缶コーヒーはただの鉄屑になり果てた
中身がなくて良かった
静雄はポイと鉄屑を放ると、机の上に突っ伏した
せっかく良い気分だったのに台無しだ
「俺は、恋とか愛とかそういうのはいい。しねえ」
「えー」
「良いんだって、だからそういうのは新羅が俺の分までやれよ」
「はあ!?なに、静雄くんセルティ狙いなの!?譲らないよ!!」
「ちげえ!」
思わず出たデコピンはぱつん・と小気味良い音を立てて新羅の脳を揺らした
「〜〜〜〜〜ッ!ああ〜くらくらするよ!ああ、セルティ俺は君の虜、ふふっむこうでセルティが笑って、ごめん!黙るからやめて!君のデコピン膝蹴りくらいの威力なんだからね!!痛い!まだやられないけど痛い!!」
「ならもう言うんじゃねぇぞ」
叫ぶように了承した新羅に二発目の構えを解くと、静雄は体を起こして新羅を見つめた
「なら、良い。ほら、続き」
「え?」
「聞いてやるから、話せよ」
ひらひらとデコピンを解除した手を揺らして静雄は新羅に話の続きを促した
「じゃあ、セルティが作ってくれたカニ玉の話でもしようかな」
「おー」
ゆるゆるとまた、新羅のセルティへの愛情が吐露される
正直な愛情の羅列を聞きながら、静雄はゆっくりと平穏を受け止めた
end
作品名:恋する男、しない男 作家名:Shina(科水でした)