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大人の傲慢、子供の特権

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本当は、久し振りに帝人に会えることが嬉しかった。

 親に無理を言って上京して来た手前、帝人は下手な成績を取るわけにはいかない。だからテスト週間に入る前から会うこと自体を臨也は帝人から拒否されていて、しかもそれは電話やメール、チャットにまで及んだ。
 会うことを禁止されている以上、池袋にわざわざ足を運ぶ気にもならない。帝人が学校の友人達とテスト勉強に励んでいるのなら尚更だ。俺が教えてあげるよ、なんて出て行こうものなら、きっと暫く口もきいてもらえない。
 そんな風にして悶々と過ごした臨也の二週間が、今日漸く報われる筈だった。会いたかったなんて素直に言ったりはしないけれど、以前帝人が物欲しげに見ていたお菓子をさり気なく携えて。

 それなのに、どうしてこうなってしまったのだろう。
 ソファに帝人を押し倒しながら、臨也は不思議なほど冷静にそう考えた。
「これ、どういうことかな、帝人くん」
 テストが終わったその足で待ち合わせをしたから、当然帝人は指定の制服を着ていた。といっても部屋に入ってからブレザーは帝人が自主的に脱いでいたから、今現在の格好はワイシャツ一枚だ。
 ネクタイは、臨也が解いた。ラグの敷かれた床に、力無く横たわっている。その周りに釦が散らばっているのは、臨也が帝人のワイシャツを力任せに引っ張ったから。
 何故そうしたのかと言えば、それはこれ以上我慢が出来なかったからで。尤もそれは、性欲などというものではなかったのだが。
「人が悪いですね、臨也さん」
 いきなりソファに押し倒され、ワイシャツを引き千切られても顔色一つ変えなかった帝人が、漸くここで表情を変えた。普段の帝人からは想像できない、ほんの少し底意地の悪い笑みに。
 反応出来ずにいる臨也の様子に笑みを深くして、帝人は露わになった素肌を強調するようにワイシャツを開いた。目に飛び込んで来るのは、日焼けを知らない白い肌と、新雪に落ちた椿のように鮮やかな、紅。
 この二週間、臨也と帝人は顔を合わせることすらしなかった。声だって聴いたのは久し振りだ。そして今は、蚊が出るような時期でも、なかった。そんなベタで白々しい言い訳を、帝人がするとも思えないが。
 しかしここで問題になってくるのは、この不快な印を帝人に付けたのは一体誰かということで。
「わざわざ僕の口から聞かなくたって、全部知っているんでしょう?」
「……どうして、俺だけじゃ駄目なの」
 本当は、知っていたのだ、こんなことをする前から。帝人の肌に、他人の印が付けられていることを。それが、初めてでもないことを。
 最初にそのことを知った時、臨也は素知らぬふりをした。出来ることなら帝人を罵ってやりたかったし、相手の男を殺してやりたかった。そうしなかったのは、そう出来なかったのは、己のプライドがあったからだ。年下の恋人の浮気に激昂することを、臨也のプライドは許さなかった。
 思えばそれが誤りだったのだ。
 臨也が何も言わないのを良いことに、帝人はそれからも何回か他の男に身を委ねていた。それは臨也のよく知る相手でもあったし、初めて知る相手でもあった。
 一度脱輪した列車を戻すのは困難だ。臨也は今更帝人を問い質すことも出来なかった。そしてそのことに、帝人もいい加減嫌気が差したのだろう。今日臨也と会うことが分かっていて、昨夜他の男と一夜を共にしたのだ。
 そうして、何食わぬ顔で会いに来た。テストの出来を誇らしげに報告して、臨也の手土産を喜んだ。不自然なくらい、いつも通りに。きっと臨也が何も言わなければ、笑顔で帰って行くような。
 その、完璧なまでの笑顔で、帝人は言う。
「一人じゃ満足出来ないのは、臨也さんの方じゃないですか」
 背筋が凍るくらいに、穏やかな声だった。どう考えても悪いのは帝人の方なのに、そんなことすら忘れてしまいそうになるような。
「何……開き直ってるのかな」
「だって臨也さん、人間が好きなんでしょう」
 男も女も大人も子供も民族も関係無く、人間という生き物そのものを愛してるんでしょう。
「僕と、同じ、人間が」
 帝人の言葉を否定する気など臨也にはなかった。それこそが、臨也を臨也たらしめるからだ。けれどそんなことは、帝人だって前から嫌と言うほど知っていた筈で。
 臨也が人間というものを心底愛していて、帝人に近付いたのだってその〝人間観察〟の一環で、だからこそ、こうして今自分達が恋人という関係を築いているのはとても凄いことなのだと、それが分からないほどにこの少年は愚かではない筈だった。
「俺は帝人君が好きだよ。君は特別な人間だからね」
 天敵とも言うべき、あの男とは真逆の意味で、臨也にとって帝人は特別な人間なのだ。二週間という決して短くはない時間を、人間観察に費やす暇がないほどに意識を奪われるくらいには。
 言葉を惜しんだつもりはない。行動でだって示していた筈だ。それなのに。帝人の行動は、どう考えても裏切り行為だった。
 そんなことはとっくに分かっていたのに、糾弾することも出来ない。嫌われるのが怖いから、自分のプライドが許さないから。――否。理由は、そんなことではないのだ。
「臨也さんなら、分かってくれると思ってますよ、僕は」
 部屋に閉じ込めて、自分以外を見れないようにして、内も外も自分だけで構成して。最後の最期まで二人きりで。そうすれば、行き場の無いこの想いも少しは報われるのだろうか。
「自分がされて嫌なことを相手にするのは、楽しいじゃないですか」
 首筋に一番鮮やかに残された、所有印。帝人を誰かと共有するつもりなど微塵も無いというのに。それを帝人は、隠そうともしないのだ。首に掛けた手が、無様にも震える。怒りか、悲しみか、嫉妬からか。それは臨也自身にも分からない。分かるのは、唯一つ。今この時、自分の全ての感情が帝人に向けられているということだけ。
「一体いつの間にこんな悪い子になっちゃったんだろうね……?」
「さぁ……いけない大人の教育の賜物じゃないですか」
 出会った頃はもう少し、可愛げがあったと思いながら、苛立ちをぶつけるように臨也は他人が付けた痕に唇を寄せた。上書きなんて甘いものではなく、憎しみさえ込めて歯を立てる。全身にその作業を施しても、帝人は呻き声一つ上げなかった。
 それどころか。
「やっぱり僕、臨也さんが一番好きです」
 毒を吐くような、甘い声。その声を、今まで何人の男に聞かせてきたのか。そのことを思うと腸が煮え繰り返るような気になるが、これから先も繰り返される行為を止めることなど出来はしない。
 世界が滅びてしまえば良いのに。
 余裕無く帝人に口付けながら、臨也は思う。世界に自分と彼しかいなかったら、こんなに思い悩むことなどないのに。誰よりも君を愛してる。だから、君も僕だけを愛してくれ。なんて、そんな情けない言葉を吐かずに済むのに。
 いつか、そう遠くない未来にこの関係が終わるとして。それはきっと、世間の偏見でも第三者からの横槍でもなく、高過ぎて降りることも叶わなくなったこのプライドだろう。

 ――この恋は、プライドと共に心中するのだ。
 
作品名:大人の傲慢、子供の特権 作家名:yupo