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君に似合うお菓子

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ふと目を開ければそこには小さなこどもが立っていて、幼いくせに、いや幼いからこそ何か大きな秘密を知っているようなそんな顔をして、得意げにこちらを覗き込んでいるのだった。
「変な頭」
「余計なお世話だ」
 サニー号の芝生の上で、ゆっくりと流れていく雲や青空を背景にして、こどもは随分ふてぶてしく立っていた。金髪が風に揺れている。白い服は小さな身体に似合わないくらいカッチリとしていて、そしてさっぱりと清潔だ。
 生意気で、ふてぶてしく、清潔なこども。
 実に生意気そうに笑うその唇や鼻や睫毛や、なんだか全てがツンと上に向いていて、ゾロはその全部をギュッと摘んでやりたいような気持ちになった。
 いつだってそうだ。つい、苛めたくなるような奴なのだ。こどものときから、そうだったのか。
「お前だって、変な眉毛じゃねえか。グルグル眉毛」
「なんだと!」
「グルグル眉毛」
 うるせえ、お前、変なあたま! 変なあたま!
 顔を真っ赤にして喚くこどもを見ていると、ゾロはただただ面白くってワハハと笑った。こどもはひたすら変な頭と叫び続けたけれど、そんなことは幾分も不快に思う必要はなかった。
 どうやら今日は快晴で風も穏やか、波も静かでカモメも鳴いている。良い日だ。
 ふと、大きな雲がのっそりと頭上にやってきて、ゾロとこどもをすっぽりと影に覆った。するとこどもは、なんだかまるで聞きわけが良いみたいにぱたりと口をつぐんで、じっとゾロを見つめるのだ。
「……おい」
「なんだ?」
 こどもはぐいと顎を引いて、床に座り込むゾロを上目遣いににらみ付けた。
「おれは、知ってるぞ」
 何を? けれどそう尋ねるのはなんだか茶化しているみたいで気の毒で、ゾロは無言でこどもの青くきらめく瞳を見返した。それは、どこまでも深い青だ。
「おれは、将来、お前のことを好きになる」
 こどもの瞳は真剣と確信に満ちていた。そしてやはり清潔だった。
 真っ直ぐな青の中には、けれど、透き通った悲しみがそっと影を潜めていて、ゾロは目を離せなくなった。それは美しかった。そして切なかった。
「……それは、俺も知ってる」
 こどもの悲しみは、いつだって寂しさと隣り合わせなのだった。ゾロにも覚えがあるからわかる。こどもは、孤独が恐いのだ。大人だって、そうだけれど。
 その色をゾロは、同じ右目に見たことがあった。こんなに鮮やかではなかったけれど、こんなにはっきりとはしていなかったけれど……。
 そうしてふと、目の前のこどもの、人生がまるまる愛しくなった。
 その白い頬に触れることがどうしても出来なくって、けれどこどもはとても悲しそうで今にも泣き出してしまいそうなので、ゾロは無言のまま握った右手をこどもに向かって突き出した。
「やるよ」
 こどもはパチクリと瞬きをして、きょとんとゾロを見上げた。
 いつの間にか、雲は流れて影はなくなっている。青い瞳の角度が変わって、太陽にきらりと輝いたのは睫毛の先の小さな雫だ。
「大人は、べそをかいてるこどもを甘やかしてやらなきゃならねえんだ。法律でそう決まってる」
 うそだ! とか、うるせえ! とか騒ぐのだろうと思っていたが、意外にもこどもはそろそとと小さな手をゾロの拳の下に差し入れた。それはいかにも柔らかく、皮膚は引っかけば破れそうなほどに薄く……。ゾロは思わず、目を閉じてしまいたいような気持ちになった。
 もちろん、目は閉じない。大人が、こどもに負けるわけにはいかないのだ。
 さてところで――右手には何を入れていたのだったか。ゾロにはそれがとんと思い出せない。
(なんだったか……)
 首を捻りながらゾロは右手をそっと開いて、すると、きらめく青色の飴玉が、ゆっくりとこぼれ落ちた。

 ○●○

「おはよーう、マリモ君」
 目を開ければ、いつもどおりの憎たらしい笑顔を浮かべて、サンジがゾロの腹をグリグリと踏みつけていた。ぎゅっと歪められた瞳に見えるのは、苛立ちのみだ。
「……おう」
 いつもなら試合開始のゴングが鳴るところを、大人しく起き上がったゾロに心底拍子抜けしたようで、サンジはぽかんと目も口も開けたまま一歩退いた。
 そこに、ツンと上を向いた唇も鼻も睫毛もないのだけれど、やはりゾロはそれをつい苛めたくなって、わざとらしくサンジに歩み寄る。暗黙の了解的なスペースをあっさりと破って、息の掛かりそうな距離へ。
 そしてゾロは、サンジの瞳をじっと覗き込むのだった。
「な、なんだよ」
 さっきは苛立ち、今は――戸惑いか? とにかく、サンジの瞳はいつだって何がしかの膜に覆われている。けれどこうして覗き込んでみれば、確かに見えるのだ。その奥にじっと潜んでいるこどもと、そのこどもの悲しみが……。
 ゾロはサンジの身体を思い切り抱きしめたくなって、一瞬だけ躊躇はしたけれども、結局その通りにした。
「なんだてめえっ、離せ、どんな嫌がらせだこの野郎!」
「……俺は」
 サンジの、意外と細い肩に顎を乗せて、ゾロは自分の右手を開いてそれを陽に翳してみた。そこにきらめく飴玉はないけれど、しかし、別に構わない。
「俺は今、生憎お前にやる菓子を持ってねえけど」
「はァ!?」
 けれど、何もない右手は、金色の髪を梳くことができた。
「でも、ちゃんとお前のことは、甘やかしてやる」
 サンジの顔はゾロには見えないけれど、うそだ! とか、うるせえ! とか聞こえないので、おそらく、全身を真っ赤にして、口をぱくぱくさせているのだろう。
作品名:君に似合うお菓子 作家名:ちよ子