思いやる心
機嫌が悪いときの、牛頭丸の鴆の呼び名である。
「可愛くねぇな」
鴆は呟いた。
とにかく牛頭丸は文句が多い。
「苦い」
「まずい」
「味が嫌い」
薬に関しても文句のオンパレードである。
飲まないことはないので、そういう点では手を焼かないのだが、文句だけは可愛くない。
「俺は料理番じゃねぇぞ」
そう云いたくなるのも無理はない。
と。
「いっけね、あいつらの包帯を換える時間だ」
鴆は立ち上がった。
四国の連中が攻めてきて、リクオ達は深手を負った。
ともかく大人しく寝ていない連中である。
鴆はそそくさとリクオ達の部屋に向かった。
部屋に行くと、リクオが飛び出してきて、鴆にぶつかった。
「どうした?」
鴆が問うと、リクオが慌てたように彼の耳元でまくし立てた。
「牛頭丸が!!」
「またあいつか」
鴆はため息をついた。
大抵、問題を起こすのは牛頭丸である。
鴆は部屋の中に入って、愕然とした。
布団の上は血に染まっていた。
その中心で、牛頭丸が腹部を押さえてぐったりと横たわっている。
それも傷は四国とやりあったときの傷ではない。
新しい傷口から鮮血が流れ出していた。
鴆は牛頭丸の手をどけると、手早く治療し始めた。
しばらくして、牛頭丸の呼吸が穏やかになり始めた。
鴆もリクオもほっとする。
程なく牛鬼が部屋に入ってきた。
牛鬼は鴆を別室に呼ぶと、袋を開いて見せた。
「分かるな?」
その中は薬草ばかりだった。
一見雑草と見間違えるが、鴆には分かる。
全部薬草だ。
しかもなかなか入手しにくいものばかり。
「これは……」
「牛頭丸が持ってきた」
鴆は驚いた。
まさか牛頭丸が薬草に詳しいとは思っても見なかったのだ。
牛鬼は言った。
「お主がいないときは、我等は自分で治療せねばならん。特に捩目山に生育するものは私も牛頭丸も心得ておるし、あの地にしか生育しないものもある」
彼はその中でとある薬草を取り出した。
「これは多分お主への礼だな」
それは滋養のための薬草。
薬草の中でもとりわけ希少なものの類に入る。
しかもそこに救う妖怪はかなり強く、気難しい。
牛鬼ですら、力勝負で取りにいくぐらいだ。
そして鴆は身体が弱い。
そういうところになど、取りに行けようものがない。
鴆は息をついた。
「あんのバカが。自分が深手を負ってたらシャレにならねーだろーがっっ!!」
牛鬼は小さく笑った。
「あの子は素直に礼を言うことができんのだ。だからすまんが、もう少し面倒見てやってくれないか?」
「あったりまえだ!!こんなことしなくても、ほっとく俺じゃねぇ!!」
鴆は薬草を持って牛頭丸の部屋に駆け出した。
「うらぁ、牛頭丸!!」
鴆の声にリクオが驚いた。
「どうしたの?鴆くん」
「ったく、このバカはどうしようもねぇな!!」
そう言うと、彼は荒っぽく薬草をすり潰し、腹部の傷に刷り込んだ。
びくんと牛頭丸が動く。
「う……」
「目ぇ、さめたかい!」
牛頭丸はちらりと鴆を見て、ため息をついた。
「いてぇな、バカ鳥……」
「ふん、言うこと聞かねぇ奴には、もっと強力な薬を用意してやらぁ」
そう言って、鴆はにやっと笑って見せた。
牛頭丸も小さく笑った。
思いやる心。
すぐには分からなくても。
でも分かっているから。
だから無理しないで。
君は大事な存在だから。