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君へのドライブ

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「彼女」に出会ったのは、桜がもうすぐ咲き始めるだろう3月末のことで、まだすこし吹く風が冷たかったころで、そのころの俺はというと惰性と退屈と、ほんのすこしの泥臭い青春をふくんだ高校生活を終えて、第一種普通免許という生まれてはじめての運転免許証なるものを手にしていたときだった。人生におけるけっこうでかい区切りを迎えて、まだ真新しいぴかぴかの免許証をなんだか泣きそうなきもちで見つめながら突っ立っていた俺の前に現れたのが、彼女である。

全体的にすこしくすんだ緑色で、まるっこいボディ。6人は乗るだろう大きさだけれど、激しい自己主張があるわけでもなく、彼女は極めて慎ましやかに、俺を見つめていた。門田が選んでくれたそれは、めだった傷があるわけではないけれど、それなりに経験をこなしてきた風格が漂っていて、おそらく以前は人のものだったのだろう。確かにまだ十代の終わりの人間が3人集まったところで、新しいものを買う余裕なんかあるわけないし、いや、そんなことよりも、俺はこれから俺にとって優先すべきものになる3人が、きっと並々ならない汗を流し、もしかしたら涙も流し、こうして俺と彼女に出会わせてくれたことに、肺と胃の間のあたりがすごくきゅうっとしまるかんじがして、うっかり目から水がでそうになるので、眉間のあたりに力をいれるのに真剣になるくらいに、俺はつまり、感動していたのだ。

あれ泣いちゃう~?なんて馬鹿2人はからかうし、門田はなんだかすごく照れくさそうに笑うし、俺は18にしてこんなに満たされていいのだろうかとすこし怖くもなったけれど、今は怖がるべき場面ではなく、喜ぶべき場面であり、決意すべき場面であることは心の奥のほうでわかっていたので、彼女の、すべすべのドアにそっと手を這わせて、小さく誓った。俺は3人と彼女を命が尽きるまで大切にしよう。

だがそれは時に理不尽な状況と暴力によりかなわないこともある。

俺はつい先日、彼女の大切な部分を無理やりひっぺがされるのをただ呆然と見ることしかできず(ていうか何が起こったか真剣に理解できなかった)、さらにそこを、阿呆2人よって趣味の悪い装丁にされたことに涙を呑んだばかりだが、そんな最近のふがいない自分を律するべく、今日は彼女を風呂に入れることにした。3人を適当にファミレスに降ろして、俺は彼女と2人でドライブを楽しみ手ごろなガソリンスタンドへと入った。コイン洗車機にコースを選択し(今日は奮発してコーティングもしよう)コインをいれてから、また彼女に乗り込んだ。
そうしてゆっくり洗車機へとすすむ。
大量のシャワーの水が彼女の体を濡らして行くのを、俺は中からぼうっと見つめていた。そういえばこうやって洗ってやるのも久しぶりだ。春先は黄砂がひどかったのでしばしば彼女を洗っていたけれど。俺は濡れていく体の中でひとり息をはいて何度も握ったハンドルに触れる。すっかりこの感触と感覚が体に染みついている。5年の月日だ。たかが5年、されど5年。俺の体はすっかり彼女に慣れてしまっていて、もう他の子ではきっと満足できないのは、彼女の中に、5年分の思い出、たとえば、はじめて彼女にのって4人でドライブにいったこととか、炎の中の修羅場をくぐりぬけたこととか、恨みを買った人間にドアをボコられたこととか(そのあともちろんそいつには趣味の悪い2人が同じく趣味の悪い制裁をあたえたけれど)、一日一日、あますことなく4人と彼女がいた証として残っているからだろう。
大きなブラシが彼女の表面を磨いていく。いくら水で流してもブラシで磨いても、落ちることのないものがあることを、おれはすこしうれしくおもう。きれいな道を決して通ってきたわけではないけれど、だからこそ、せめて彼女には、一秒でも長くうつくしくあってほしい。
そうしてきれいになったなら、また一緒にあいつらを、迎えにいこうか。
作品名:君へのドライブ 作家名:萩子