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それは少女の妄執のようで

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「ねぇ、帝人君」
「何ですか? 臨也さん」

気のない返事をしても、臨也は変わらず話を続ける。
分かっているから帝人も軽く聞き流そうと努める。
知らない内に心の深奥に侵入してくる臨也の声と言葉は危険だ。進入路を知っていて、GPSを搭載しているかと思えるほど巧みに入り込んでくる彼は雨のようだ。彼の容姿に絡めて言えば、黒い雨。強い酸を含んだ雨。溶かして溶かして何もかも剥き身にしてしまう。
けれど、そうと分かっていて帝人は彼から離れられない。
彼の言葉から耳を塞ごうとしない。
ただ、聞き流そうと努めるだけだ。

「俺が愛した分だけ愛してくれないといけないと思わないかい?」
「どうでしょうか」
「世の中、平等に公平にとか叫んでるじゃない。格差社会をなくせとかさ。だったら愛も平等にあるべきだと思うわけだ」
「愛も平等に……」
「俺ばっかり愛するのは不平等! 格差社会だ! それではいけない。昔の偉大な預言者も言っている。隣人を愛せと」

大仰に天を仰ぎ、臨也は哄笑した。
隣でくすっと帝人は笑った。

「……何か、おかしいかな?」

笑われて機嫌を損ねたと言うよりも心底不思議そうに首を傾げる。
慌てて帝人は手を振った。

「いえ! そういうわけじゃなくって。ただ、何か」
「何か? 何って、何? どういうの?」
「えっと、あの、何というか……」
「正直に言ってよ。俺は帝人君が何を感じたのかすっごく知りたいんだけど?」

思いついた言葉はあったが、それを口に出すべきか逡巡する。
しかし有無を言わさず半歩ずつ寄ってくる臨也からは逃れられないようだ。
全てを見透かしたような双眸が帝人の足を止めさせる。
このまま誤魔化してはくれそうにない臨也の双眸に、帝人は少しだけ肩を竦めた。

「えっと、こういうのが当てはまるのか分からないんですけど」
「前置きはもういいよ。何?」
「臨也さんって、思春期の女の子みたいですよね」
「・・・」
「あ、違うか。と言うより、お姫様願望の女の子の方がしっくりくるかな……?」

愛した人からはきちんと愛し返してもらえると思っている、愛されて育った少女の夢想。それを未だに抱き続けているように見える。
もし傍らに新羅がいたら真理だと笑い転げるかもしれない。
もし彼が絡んできていたら、帝人も失言だったと自分で口を塞いでいたかもしれない。
しかし、すぅっと臨也の纏う空気が冷えていくのに、帝人は気付かなかった。
再度自分が漏らした言葉の正否の判定に首を傾げ続けている。
自分の思考に埋もれていった帝人に覆い被さるように、臨也は自分の口を彼のそれに押しつけた。あまつさえ驚いた拍子に開かれた口内に舌を入れて絡ませて、離れる時にはわざとらしく、くちゅっと大きな水音を立てた。

「!???」
「帝人君……お姫様のファーストキスを奪った人って王子様っていうセオリーだよね」
「え、いや、あの??」
「お姫様はね、王子様には絶対に愛される。……絶対にね。だから帝人君は俺を愛さなければならないんだよ」

論理破綻も甚だしいが、赤面し混乱した帝人は目を丸くするだけで反論出来ない。
その様子に臨也は満足そうに笑んだ。

「無言は肯定だよね。大丈夫。お姫様だって王子様一筋なのがセオリーだ」


錯乱する頭の片隅で、少し冷めた思考が頭を擡げる。
確かに愛に盲目で思いこみの激しいのはお姫様に相応しい。
その要素を目の前の男は持っている。
自分の指摘はあながち間違いではないと帝人は思った。
作品名:それは少女の妄執のようで 作家名:みや