零れ落ちる
田島が側に来ていた。いつからだろう、気付かなかった。彼がときどき寄って来るということを意識するようになって、1ヶ月前くらい経ったろうか。知らぬ間に隣にいた。
目が合う。ついと逸らした。まだこちらを見ているだろう。自分の頬が緩んでいるのがわかって、余計に視線を戻せない。
暗い空の下、強烈な光を放つ電球が、方々に影を作っている。走りこんだあとの鼓動は、もうだいぶ落ち着いた。新しい空気が、身体にしみこんでゆく。以前よりも、早く呼吸が整うようになっている。
電球を直視してしまい、その光に驚く。上を見てみれば、星など1つも見つけられない。
田島が腰を落とした姿勢のまま、更にこちらに近づく。だらしなく笑んでいた。
「阿部」
鼓動が跳ねた。声が甘い。周りには他の部員が体を休めている姿がある。
一歩足を伸ばして、俺の目の前にしゃがんだ。手を差し伸べて顔に触れ、髪に指を絡ませて梳いた。動けなくて、というより彼から目を逸らすことができずに。気付いたときには彼の手は離れていて、俺はその右手を見つめていた。
「汗で濡れてる」
彼は言った。ゆっくりと熱を持っていく自分の身体と、柔らかくも涼しげな彼の表情。
髪に触れる。それがどれだけ恥ずかしい行為だか、彼は思い当たりもしないで。