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rainy street

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アスファルトに打ちつける雨の音が止まない。
 出歩くことの多い仕事を持っている平和島静雄は、降り続ける雨におっくうな気分にさせられる。こんな日に出歩くと 、湿った空気が体にまとわりつくことが不快だ。
 職場の先輩と別れ、コンビニエンスストアで購入したビニール傘を片手に帰宅しようと思っていた矢先、突然静雄の背中に何かがぶつかってきた。
「しーずちゃん!」
「のわっ」
 頑丈とはいえ、急に他人から全力でぶつかってこられたら少なからず驚く。
 手に持っていたコンビニ傘は地面へと転がり、静雄は雨の下に晒された。
 静雄のことをこんな愛称で呼ぶ男は一人しかいない。馴染んだ気配に振り向くと、予想したとおりの人物が静雄の背後にぴったりとくっついていた。
「臨也、てめぇっ」
「探したんだよ?待っても来ないから、こっちから来ちゃった」
 既にずぶ濡れになっている折原臨也は楽しそうに笑った。
 傘を差さなかったのだろうか。臨也は既に衣服から雫を垂らしており、彼の暑苦しい上着も濡れてずっしりと重くなっ ている。
 折角傘を差していたのに、臨也のせいで台無しだった。
 静雄の背後は広範囲に濡らされ、臨也に罵声を飛ばしている合間にも空から落ちる雨が肩を濡らしている。
「手前のせいで濡れちまっただろうが、ああ?」
「嫌だなあ。水も滴るいい男って言うじゃない、シズちゃん」
「俺はこれ以上いい男にならなくてもいいんだがなあ?」
「そういう自意識過剰な発言は嫌われるよ?」
 悪戯が成功した臨也はくすくすと笑った。
 ナイフを持ち出したり物騒な悪戯でないだけマシなのだが、臨也の考えていることは分からない。こちらが憤慨しているというのに、背後から回した腕の力を強くした。
「雨の匂いがするね。あと煙草の匂い」
 ぎゅっ、としがみついた臨也が静雄の背に顔を埋める。
 体温を感じたのは久しぶりだった。
 追いかけたら逃げるくせに、放っておけば近寄ってくる。静雄の平穏を脅かす唯一の相手は、時折こうして抱擁を求める。
 憎しみあっているはずの関係を、恋だと錯覚するのはこの瞬間だけだ。
「ずっとずっと探してたのに、来ないんだもん。俺、今日は会えないかと思った」
「嘘だろ」
「……嘘じゃないよ?」
 その言葉は本当だろうか。
 確かに臨也は数時間雨の下に晒された格好で現れたが、真実だという確証はない。背後から伝う体温は低く、静雄に手を伸ばす指先は冷えている。
 こうした隙を作れば鋭いナイフを突きつけられるかもしれないというのに、温もりに縋っている姿を信じてしまう自分が存在している。愚かだと知っていながら臨也を受け入れてしまっている。
 臨也が自分の元へ現れること自体、稀なことだという事実に感覚が麻痺しているのかもしれなかった。
「嘘か本当か知らねえが、テメェのせいで濡れちまった」
「うん」
「ったく、今日は平穏な日だと思ったのによ」
「ね、こっち向いてよ」
 振り向くことをしない静雄に焦れたのか、臨也は見上げながら指輪を嵌めた指先を彷徨わせる。その我慢弱いしぐさが男を煽る。
 その腕を引き、傘も差さないまま静雄は歩き始めた。
 雨は続かない。
 それを知っているから、今だけは。
「何処行くの?」
「俺の家に決まってるだろ」
「……連れていってくれるの?」
「テメェの馬鹿さ加減に怒る気も失せる。先にシャワー浴びろ。喧嘩はそれからだ」
 冷えた指先をそっと握り返せば、己の体温は少しずつ奪われて臨也の手へと吸収されていく。
 臨也の気まぐれは途中で降り出した土砂降りの雨のようだ。
 しかし、それは静雄に臨也を連れ帰る口実を与えてくれる。
 雨が止むまで、空に虹が掛かるまでの間だけ。
作品名:rainy street 作家名:如月蒼里