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胸の奥を打ち明ける、あるいは恥ずかしいあれやこれや

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「される前になんか言うことあるか?」
俺の身体に乗っかって、そんなことを聞いてくる。
「やめろ」というのは言い飽きたし(まったくもって悔しいことに)自分の感情に反してる。
自分からキスするのは気が引けた。
日向はジャケットを脱ぎ捨て、鼻歌交じりにシャツのボタンを外した。
「音無は、涙目になったらかわいい」
そう言って、日向は俺のまぶたに唇を落とす。
男に対しても「かわいい」というセンサーが反応するのは、ちょっとわかる。
小さなものや愛くるしいものに対して感じるのとはちょっと違う、「かわいい」が世の中には存在するのだ。
が、わかっているのと受け入れるのには大きな違いがある。
走り幅跳びくらいじゃ飛び越せないくらいの大きな溝が間に横たわっている。
日向に「かわいい」と言われると、正直、鳥肌が立つ。言われている自分自身が気持ち悪いんだろう。
同時に、首筋の辺りがくすぐったくもなる。どこかでわかっている部分が、喜んでいるのだろう。
俺は何も言わず、日向が体中にキスをするのを受け入れて、少し身体を震わせた。

セックスをすると、終わった後は決まってむなしくなる。充足感の後、それが全部台風で吹き飛ばされたくらい、空っぽになる。
日向もそうなのかと思っていたら、
「やった後ってめちゃくちゃ気持ちいいんだけど。寝そうなくらい」
といって、幸せそうな顔をしていたので、俺の意見はひとまず伝えないことにした。
伝えればきっと、日向はそれがセックスのせいだと思うだろうし、そんなことくらいで俺は日向とぎくしゃくしたくない。
行為の最中は何か考えていられるような状態になく、ただただ日向のことしか見られない。
俺は日向に没頭しているといってもいい。
他のことなんか全て忘れてしまって、目の前の日向のことでいっぱいになる。
しかし、事が終わって、日向が離れてしまうと、とたんに胸の中は吐きたくなるくらい、空っぽになる。

今日も日向は俺から離れると、深いため息をついて床に転がった。
場所は図書室。授業中のこの時間、俺たち以外に誰もいない。
俺もぐったりして、日向の横で背を丸めた。
「なあ、音無」
「ん?」
「なんでそんなに悲しそうな顔してるんだ?」
「悲しくないぞ、別に」
「悪い。言い方を変える。お前、めちゃくちゃ空っぽの顔してるぞ」
「…………」
「ま、ここにいる奴、みんなそういう顔するけどな」
「……お前も?」
「してた。今は――どうかな。最近鏡チェックしてないからわかんねえけど」
「そっか。お前もそういうとき、あったのか」
「誰でもあるんだよ。たいてい、一人の時に」
「そっか」
俺は膝を抱えた。日向が起き上がり、腕を伸ばした。俺を背中から抱きしめる。
「むなしいよなー。昼間からうら若き健全な男子高校生が抱き合ってるなんてよー」
「言ったらますますむなしくなるぞ」
「機嫌悪くするなよ。俺はこのむなしさがけっこう気に入ってる」
「…………」
「悲しいことがあるとしたら、お前がなんにも言ってくれないことかなあ…。ああ、さみしいな。こんなに一緒にいるのに目の前の俺には何も話さず鬱入ってるんだもんなあ」
「悪かった。ごめん」
抱きしめる腕に触れて少し力を込めると、日向は俺の首に顎を乗せてきた。
「音無はやさしい」
「そうか?」
「やさしいからついつい頼る。お前は頼られたら断れない。そんで、全部自分でため込んで、自分の中で消化しちまう」
「当たってるかもな」
すねたような口ぶりで言われ、俺は思わず苦笑をこぼした。
「そういうやさしいところが好きだけど、たまには頼ってほしいよなー」
「俺はお前を頼りにしてるよ。お前がいたらほっとするし…」
「当然だろ?」
くるりと身体を反転させると、からっと笑う日向の顔が目の前にあった。嫌味のない、何も考えてないような、それでいて人を安心させる笑顔だ。
「もし、ここが、田んぼに囲まれたのどかな田舎の学校で」
「うん?」
「もし、ここが、自分の家から遠く離れた学校でここまで来るのに自転車が必要で田んぼのあぜ道を走らなきゃならないとしたら」
「なんだよ、その仮定」
「……俺はお前と一緒に走りたい」
「…………」
「お前と一緒に自転車に乗って、のどかな景色を風に流して、夕焼け空を後にしながら、背中合わせに走りたい」
俺は日向の胸に顔を押しつけた。
「前に乗ったら熱を感じてペダルをこぐ。後ろに乗ったら全体重をお前にかけて、思いっきり空を仰ぎたい」
しばらくしてから、日向が俺の頭を撫でた。
「……それ、なんかのポエムか?」
声は思い切り笑っていた。俺はますます顔を押しつけて、日向の背中に腕を回した。

少しだけ、胸の奥が熱い。