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HONEYsuckle

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 父親に話せば良かったのだ。もし無駄でもきっと今よりは後悔のない未来になった。自分と父親がそうであるように、跡取りは血が繋がっていなくても良かったはずだ。無理に子供を欲しなくても、養子だって家族になれるのに。好きになった人と生きていく道もあったのに。
 鬼道は腕の中の子供が自分の頭に必死で手を伸ばすのに気付いて思わず力を緩めた。撫でられた場所から血が巡るような感覚だった。鬼道は壊れ物のように子供を抱き締めて呻き、息を短く何度も吐いた。嗚咽は溢さなかった。子供がただ愛しくて込み上げた罪悪感は胸には重い。抱えきれないと思った。泣ける場所があったあの頃はいつも涙ぐんで、円堂を困らせて、それでも互いが必要だった。今更並べたところで言い訳にもならないが、夕焼けはそれを包み込むようにゆっくりと裾へ流れ落ちていった。
 子供は鬼道の目尻の火照りを目敏く見つけてポケットから飴の包みを取り出すと、鬼道の手にそれを置いた。泣いている人には自分の幸せを少しだけで良い、分けてやれるようにと教えた言葉を、裏切らずに子供は手を差し伸べた。掌に包まれて歪に溶ける飴玉を口に入れれば曖昧な味が広がって、鬼道は思わず呟いた。久し振りの彼の名前は飴の味を打ち消して舌に馴染んだ。溶けて消えたるのは飴ばかりだ。
 嘘も偽りもなく家族を愛していたかった。本物の愛を正しい形で抱えていたかった。自分の選択に付き纏うのはいつも後悔ばかりだ。ボールを高く蹴り上げて、円堂が最後に言ったサッカーと出逢ったことを後悔しているなんて大嘘を思い出し、呆れる程につまらない嘘だったと少し笑った。後悔ばかり溢れる代わりに、好きだという気持ちも胸には残る。
 地面を蹴った。一歩踏み出して、子供の手を強く握った。一面の赤の上から塗り重ねて空が闇に変わったとき、思い出すのは車の上に並んで仰いだ本物の星空か、はたまたプラネタリウムの人工的な光の粒か。どちらにせよ隣にいたのはあの男だ。最後の思い出を風に飛ばすように取り出して浮かべる。子供の手を握り続けて歩くには、思い出は嵩張りすぎるのだ。
 まださよならは出来そうもない。でも見渡した町の景色があの頃とは少し違うように、この気持ちも形を変えていくだろうと思う。
 飛行機雲が夕焼けに引っ掻いたような線を描いていた。吸い込まれるように白っぽく浮かぶ月を見て思い出した。結局一度も見せてはやれなかったホームランは、円堂と別れた後に通ったバッティングセンターでたったの一度だけ打てたのだ。数年越しの達成はそれでもやっぱり一緒に笑い飛ばしてくれる人が隣にいないなら、まるで意味なんてなかった。
 この傷は消えなくても良い。後ろを向いていたって進めるなら。それで強くなれるなら。間違いでも大切にしたい。後悔でさえ抱いていたい。たとえ如何に愚かであっても、痛みと共に浮かぶ円堂の顔や声に、その消えない思い出と罪悪感に、今も進む勇気を貰うのだ。
 振り返りながら、小さな手を強く握った。

作品名:HONEYsuckle 作家名:あつき