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HONEYsuckle

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「あいつらに子供が産まれたら…俺と鬼道の血を継いでるんだな」
 体を斜めに向けて、真っ直ぐに鬼道の目を覗き込んだ。隣にいるのに昔より遠くて、なのにもう壁はないような気がした。昔より自由だった。
「もし生まれてきた子供がサッカーやりたいって言ったら、二人で教えてやろうな。俺や鬼道に似てたら絶対…サッカー馬鹿だと思うぜ」
 本当は誰より正義感の強いこの男が罪悪感から解放される日は来ないだろう。
「もう約束、時効にしたって良いよな。サッカーの話して二人でボール蹴って、もう無理に幸せになろうだなんて、思わなくたって良いよな」
 会うことで傷付くことはあっても、会いたくて会えないことに苦しむ日々はもう来ない。此れは望んだ通りの幸せではないし、それは二度と手に入らないものだ。鬼道は円堂と別れて以来、初めて、言い訳のない幸せを噛み締めた。円堂はいないけれど夜は明ける。円堂はいないけれど守るべき人達がいる。そう思っていた日々は二度と来ない。円堂は、いるのだ。
 鬼道は思わず目から一滴、言葉の代わりが落ちるのを覚えた。傍にいることなんて自分達が許さることなんてない。初めから決められていたように出逢って離れて、それぞれの道を生きるはずだったのだ。
「あーなに鬼道、泣いてんのかよ」
「む…娘が嫁に行くのに泣かない父親がいるか」
 鬼道はもう瞳を隠すこともない。泣くのも笑うのも同じ空気に抱かれて、同じように経験していく。
「泣くなよなあ」
 円堂は椅子から乗り出して鬼道の肩を抱いた。それは嘗てのような甘いものとは正反対の荒々しさで鬼道を掴んで、それは青空の下で勝利の喜びを分かち合った頃と似て力強くて、何の不思議もない、後ろめたさもない抱擁だった。
「…お前、自分の顔を見てから言え」
「いいんだよ俺は」
 何があろうと最初から最後まで不毛だと思っていた関係に、意味が生まれるなんて誰が想像しただろう。
 夢を現実に変える力はいつだって円堂から貰っていたと鬼道は思う。友達でも恋人でもなく純粋に円堂が好きだという気持ちは途絶えたことはない。鬼道は声もなく頷き、みっともない顔をくしゃりと歪ませて笑った。不器用すぎて下手くそでそれはまるで。


 途切れる間もなく動く細いこいつの指を見るのがとても好きなのだ。俺のエンジンを、名前もよく知らないような部品や機械を操るように使いこなして調整する後ろ姿を眺めながら、俺はふとある話を思い出す。
「なあなあ、緑色の空って知ってる?」
「…知らないな」
 手を止めずにちらりと俺を振り返って首を傾げた。作業は休まないのがこいつらしい。もう俺は多分こいつなしにはサッカー出来ないかもしれないなと冗談で考えて、本音と混じって怖くなって口を閉ざした。それはまたいつか、言いたくなるまでとっておこう。
「父ちゃんが教えてくれたんだ。ひいじいちゃんが昔見たんだって」
「…まあ有り得ない現象ではないだろうが」
「恋人同士でそれを見たら、一生その人と一緒にいられるんだってさ」
 しかめっ面で呆れたように素っ気ない返事をしながらも、こいつはちゃんと話を聞いていてくれる。
「迷信だろう」
「違うって!だって、ひいじいちゃんは叶ったって言ってたらしいぜ」


 種を埋めても、どんなに大切に水をやり肥料を与えても、どんな色の花が咲くか待ち焦がれたとしても、決して芽が出ることなどないと思っていた。自分達が一緒にいるというのは、そういう事なのだと勝手に怯えていたのは、いつか来るはずだった終わりに言い訳を残すためだった。離れた方が幸せだと、思い込むためだった。
「不毛なばかりだと思ってたんだ」
「うん」
「俺はずっと、一緒にいてもお前を不幸にすると思ってた」
 嘗て告げた別れは弱くて優しい男の精一杯の決断だったのだ。あの頃、鬼道ひとりにそれを決めさせてしまったことを、円堂はずっと謝りたくて、謝らなかった。消せなくて良い。きっと、乗り越えた方が見える景色は空に近い。力なく放られたパスに拳をぶつけて打ち返して、至高のゴールキーパーは笑った。お前が思うほど俺は不幸なんかじゃなかったんだよと。
「ばかだなあ。それでも一緒にいてくれたってことが、俺には何よりの幸せだったのにさ」
 今なら、恋の終わりは新しい物語の始まりだったと、今なら、思えるだろう。
 不毛だった砂漠に降った雨は小さな花を確かに咲かせた。種はまたやがて地に落ち、花は次の世代を彩るだろう。


「なあ調整まだ終わんねえのー?」
 空の話は、本当は多分こいつも知っていたのだろう。ゴーグルの下に隠された瞳が見えなくても、俺だけはこいつの嘘をいつだって見破ってやれると自負してる。
「暇してるなら散歩にでも行ってきたら良いさ。此処はお前には退屈だろう」
「やだよ。俺は、お前とそれでも」
 窓の外を見た。太陽は遥か彼方に燃え、母なる大地は逆側の窓にその美しい色をたたえて、その光を反射している。遠いなと思う。星と星の途方もない距離を思って、俺はひいじいちゃんの願いが聞こえたような気がしたのだ。緑色の空に願ったことは、きっととても単純で、かなしい位に真っ直ぐだった。
 俺がそうであるように。
「一緒にいたいんだ」


「一緒にいたいんだ」
 空に手を伸ばした太陽は、その瞳に揺れる雨を照らして輝いていた。すぐ傍で。逃げ出した旅路も重ねた嘘も越えて、ようやく約束は果たされる。本当はホームランなんて、最初から望んではいなかった。幸せは掌で溶けて消えてしまいそうなくらい、小さくて単純で良かったのだ。見返りは要らない。一握りでも良いと思えるような幸せをくれた人は、隣で微笑んだ。
作品名:HONEYsuckle 作家名:あつき