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幸せの意味を知る (大阪世界会議サンプル)

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「もう皆帰りついたかなぁ」
イヴァンは歌うように呟いてそっと薄い色素の睫毛を伏せた。ちょっとだけ寂しいな、言葉はあくまで呟かれるのみであり、ちっとも張りあげられはしない。ロシアの気候はとても厳しく、大口を開けようものなら口内はすぐさま凍りつき、温かい部屋に入らなければ口が閉じられないのではないかと訝しむほどである。どことなく籠ったような言い回しになることも決して理由ないことではないのだ、とイヴァンは誰に対する弁解かも分からない文句を心中で訴えた。刺すような寒さは人を無口にさせる。無口はただ静けさを生む。誰もいないという事実が暗欝とした寂しさに拍車をかける一方で、イヴァンはぽつりと紫の瞳を細く歪めた。
(寒い場所なら、どんなに人がいたって、変わらないんじゃないかな )
イヴァンはぱちりと瞬きをして思考を打ち消し、窓の外を見つめたまま すう と紫の瞳を細くする。ふかふかとしたソファーから立ちあがり、窓に指先を当てて外を眺めたイヴァンは、ひんやりとした窓の冷たさに天気の崩れを感じ取り ふう と息をつく。
「・・・わいわい、賑やかで 暖かい、場所」
欲しいな。憧憬を込めてイヴァンは呟く。ひゅうひゅうと外は吹雪き始め、かたかたと窓が急な風に揺れた。窓に触れていた爪先と指先が段々とひんやり体温を失っていく。イヴァンは窓から手を離し、暖炉に薪を加えながらもぱちぱちと瞬きをした。
「紅茶でも淹れようかなぁ」
ぽつんと零したイヴァンの提案に、頷くものも否定する者もいない。しんと静まる部屋の中で、イヴァンはゆっくりとマフラーを巻きなおした。部屋の中は外と比べれば天と地ほどの温度差があるとは分かっているものの、何故かマフラーを取ることはできない。部屋の中だって、いくら暖めても 寒い。
(どうしてだろう)
イヴァンは、今度は声に出すことなく不思議がり、きい、と年代物の扉を開いた。その先に続く薄暗い廊下を進み、台所へ行きつくまでに存在している玄関を横切りかける。ひらり、と舞ったマフラーにふと視線を流したイヴァンは、とんとん、と控え目に鳴るドアの音に気がついて目を丸めた。とんとん、と鳴るそれは、雪がドアにぶつかって立てる音とは異なり、規則的でか細く響いている。ぱちぱちと瞬きをしたイヴァンは、玄関へ向かいドアノブを握った。きい、と鈍い音を立てて開いた玄関には、真っ白な雪の猛攻に晒されてすっかり血の気が引いている菊が立っており、イヴァンを少しだけ動揺させる。菊は防寒をきっちりしているにもかかわらず唇を紫色にして、御免、と一礼を行った。
「・・・寒くない?」
イヴァンは菊がどうしてここにいるのかという基本的な質問を取り逃がし、間の抜けた質問を行う。菊は分厚いマフラーと、耳あてのついた皮の帽子の隙間から覗く唇を動かして 吐息を吐く。吐いたその瞬間氷点下に投げ出され白く凍りついた息に嫌気がさしたとばかりに菊はふるふると首を振った。イヴァンはそこでゆっくりと身をずらし、菊を部屋の中へ招待する。
「寒いでしょ。雪も酷くなってくるし、入ってよ」
ね、イヴァンが微笑んで告げた声に、菊は逡巡もなく頷いた。きい、と音が鳴り、一人から二人に増えた屋敷と外を隔絶する。閉じてからも聞こえる吹雪の音に、菊はようやく一息つけたとばかりに溜め息を落とした。イヴァンは菊の震えが微かながらも落ち着いてきているのを確認し、にこりと笑みを浮かべる。
「遠いところからようこそ。飲み物でも淹れてくるよ」
イヴァンが心から呟いたねぎらいの言葉に、菊は気のない返事を返す。二人分のカップの算段を始めたイヴァンを見上げた菊は、見上げた体勢のまま、ぱちりと一度 音が鳴るほど強い瞬きを行った。睫毛にかかっていた雪がふわりと落ち、玄関先へ着陸してはじわりと溶けてしまう。人形と見間違うほどに色白となっている菊を見つめ、イヴァンはようやく思い出したとばかりに リビングルームへの行き方を示した。

湯気の立つ紅茶を目の前に出される頃には、菊の頬に紅色が戻ってきていた。冷やされた頬は体温を一定に保とうと懸命に動き、まるで湯だっているように菊の頬を染め上げる。肌の下を駆け巡っている血液に気がつかないふりを装い、イヴァンは紅茶とともに出したクッキーの固さを確かめる。がり、音を立てたクッキーを噛み砕いていくイヴァンへ視線を送り、菊は震える唇を開閉する作業を幾度となく繰り返した後、紅茶のカップを手に取った。一口飲み、美味しい、と呟いた菊へ、イヴァンは頬をほころばせる。
「良かった」
ソーサーに置いたままカップを持ち上げて、取っ手をくるくると回しながらイヴァンは微笑む。ちゃぷりと薄いさざ波を立てるカップの中身は、ふわふわと湯気を立てながら次第に揺れを抑えていった。菊は手慰みを行いながらも日本の言葉を待っているイヴァンを見据え、ぽつりぽつりと言葉を重ねていく。
上司から少しは休むようにと特別に長い休みを貰ったこと。休みの利用法を思いつかないまま家で過ごしていると、アルフレッドやアーサーや耀が訪れて、賑やかではあるし喜ばしいことでもあるけれど少しだけ疲れてしまうということ。ならば、と普段は赴かない旅行に行こうと決め、日付の暦をみて北国の春を見てみたくなったということ。その途中立ち寄ったロシアの地で、ふと挨拶でも、と思い歩いてきたが、途中で運悪く吹雪に見舞われてしまったこと。その全てを聞き終えたイヴァンは、暖炉の火に晒されてぱちりと音を鳴らした薪に瞬間視線を移し、ううん、と唸った。ちらりと窓の外を見つめたイヴァンは、立ち上がりするりと厚手のカーテンを閉める。立ち上がった際にソファーから ぎし、と音が鳴り、菊はゆっくりと頭を持ち上げた。
「あのね、吹雪 ちょっと止みそうにないんだぁ」
今頃は 春が来る前に、最後の雪が降る時期だから。イヴァンは口ごもりながらも眉を潜め、ぽつりぽつりと言葉を発していく。菊はイヴァンの言葉に耳を傾けながら、紅茶をすす、と口に運んだ。震えがようやく収まりかけてきた菊へ、イヴァンは紫の瞳を向けて だからね、と苦笑してみせる。
「雪が止むまで、家にいなよ。もうそろそろ冬の終わりだと思って食材も薪も多めに蓄えているし、何より、今ここから出たら菊くんでも死んじゃうかもだし」
折角遊びに来てくれたのに、それじゃ駄目だよ。イヴァンが行ったはにかみながらの提案に、菊はぱちりと瞬きを行う。湯気の立つ紅茶を一口ずつ、有難がるように飲んでいた菊は、気まずげに視線を落とした。
「ご挨拶に参っただけですのに、お心遣いに甘えるしかないとは・・・遺憾です」
幸運と思うよりも先に自分のふがいなさを恥じている菊へ、イヴァンは微笑みながら夕食の支度を思考し始める。元よりこの状況で断られるとは微塵も考えていなかったイヴァンへと、菊は躊躇いがちに頭を下げて滞在許可を申し出た。イヴァンは頷き、夕食の支度をしようと窓際から離れる。ぱちりと爆ぜる薪の音に瞬きをした菊は、黒眼に微かな光を泳がせて 静かですね と呟いた。