ふたりなべ
「シズちゃん、お買い物?」
「奇遇だな、臨也くんよぉ。手前は野菜売り場じゃなくて肉売り場にいるべきなんじゃねえのか?」
「痩せてる俺を心配してくれてるの? ありがとうシズちゃんすっごく気持ち悪い」
「手前も仲間にしてやるってんだよノミ蟲!」
飛んできた拳を軽くかわす。空振ったそれでそのまま勢い余って一般人を殴ってしまえばいいのにと思ったがそうはいかなかった。不発に終わった攻撃は元から当てるつもりはなかったようで、すぐに体勢を立て直しても俺をじろりと睨みつけるだけだった。ポケットに突っ込んだ手が拍子抜けする。
「あれ、おとなしい」
「ここで暴れたら手前の思うつぼだろ」
「どうしようシズちゃんが賢くなってる。案外マヤの予言も外れちゃいないかもね」
「鍋を一人で食べてるようなヤツじゃそん時が来てもぼっちだろうな」
沈黙。
一瞬シズちゃんが何を言っているのかが分からなくて、そして分かった瞬間自分は冷静を取り繕わなければならないと判断した。三分の一ほど埋まった買い物カゴが揺れる。
「ごめん、何のこと?」
「それ鍋の食材だろ。手前が誰かと食べるとも思えねえし、寂しいこった」
「シズちゃんだって家族と仕事先以外誰かと鍋食べたことあるわけ」
「あるに決まってんだろ馬鹿。1ミリは同情してやるよ」
「シズちゃんの同情とか1ミクロでもいらないし。あと同情される必要もないし」
「恥ずかしいことじゃないと思うぜ。寂しいだけで」
「うるさいよ! 別に寂しくないから!」
「寂しい状況にあるってことは分かってんだな」
「今日のシズちゃん腹立つんだけど」
「俺は全然腹立たねぇけどな」
「いとこんにゃく喉に詰まらせて死ね」
「断る。で、これ何鍋だ」
「何だっていいだろ死ね」
「なんだよまだ鍋の素決めてねぇのか。これにしろ」
「うるさい死……えっちょっと何勝手に入れてんの」
「エリンギどけろ。椎茸入れるぞ」
「食べるの俺なんだからシズちゃん関係ないでしょ!」
「おいどう考えても肉が少ねえ。お前ん家にあるんだろうな」
「は? いやそりゃあるけど……」
「ならいい。じゃこれ持ってくぞ」
「だから! なんでシズちゃんが決めてんのって!」
さも当然のような顔をして買い物カゴを俺の手からぶん取りレジに持っていこうとする。状況が把握できないまま思わず叫ぶと、意外なことに立ち止まって振り向いた。
「どうせ一緒に食うなら好きな鍋のほうがいいだろ」
一緒に? 誰と? 俺と? そんな馬鹿な。
でも俺は馬鹿じゃないから分かる。この展開から考えて、それ以外何があるのか。呆然と見ていると、シズちゃんはさっさと歩きだした。少し顔が熱い。なにこれ、腹立つ!
「お金払うの俺なんだから、先行かないでよ」
カゴの中に入ってあるものは全部彼の好きなもので、それを食べるということはつまり彼色に染まるとかそういう寒いことになるんじゃないかと思ったけれど、鍋は暖かいからそれくらい寒いのがちょうどいいんじゃないかと思って、少し駆け足で追いかけた。