シュガー×ドロップ×ミント
繰り返し繰り返し。
パシャン
パシャン
「それ、何してんだ?」
「え、ああ特に意味は無いっすよ。あ、お湯かかりました?あちゃー、すいません。なんかくせっていうか、いつもやっちゃって・・。」
静雄と正臣が向かい合って入っているのは、臨也が買った特注サイズの猫足付きのバスタブだ。特注サイズだけあって、かなりの大きさではあるが、長身の静雄と決して小柄ではない正臣2人で入るには少々狭く、水面に弾かれたお湯は、静雄の頬や縁に乗せていた腕を濡らしていた。ここは、バスルームで、元々濡れているのだから、静雄は跳ね跳ぶ滴を特に気にしていないのだが、正臣は叱られたかのようにしゅんと大人しくなった。
「あー、別に怒っちゃいねーから。んーと、ほら。」
「わ、」
静雄の手によって掬われた温めのお湯が正臣の茶色の頭に落とされる。お湯は正臣の髪を伝って、ポタポタとバスタブの中へ戻っていき、小さな波紋をいくつも広げていった。不思議そうに濡れた睫毛でぱちぱちと瞬きをする正臣の表情は幼い。気に入っている正臣の表情に、悪戯が成功した子供みたいな無邪気さで静雄は笑った。
「これでおあいこな。」
「・・・静雄さん、マジいい人!これがさ、臨也さんだとねちっっこく、ねばっっっこく、文句言ってくるんですよー!」
「あー、・・ノミ蟲のあれはうぜぇ。マジでうぜえ。」
「わー、実感こもってますね静雄さん。さすがっす。」
ピシリとバスタブの縁にヒビが入る音が聞こえ、チャプチャプとまたお湯で遊びながら正臣は苦笑いした。ただ、静雄は怒っているわけではなく、呆れているらしく、ため息一つついただけで、それ以上バスタブは破壊されずにすんだ。気だるげな視線を正臣からバスルームのドアの方向へ向け、またため息をつく。バスルームの中には水音が響き、跳ね上がる雫が人工的な光を反射してまた水面に落ちる。それを楽しみながら、正臣はふと考えた。
(えーと俺と静雄さんでこれなら、静雄さんと臨也さんだと・・あーかなり狭いな。うわー、静雄さん御愁傷様です。俺と臨也さんだとちょうどいいんだけどなあ、この風呂。)
一応このフロア内には、もう一つやたら広いバスルームが存在するが、そちらは3人用だと決められていた。ちなみに、それは部屋の持ち主である臨也の独断で勝手に決められたルールで、静雄も正臣も守る必要はないが、2人とも特にそのことに不満は感じていないので、これからもそのルールは守られていくだろう。2人としては、狭い方が理由もなく、互いにより近づけるから、むしろ都合が良かった。
「ね、静雄さん。今日買い物に行きません?」
遊びに飽きたらしい正臣が、今度は静雄の髪で遊び始めた。静雄は正臣の好きにさせながら、ぼんやりと間近にある正臣の首筋を眺めた。少し日に焼けたその首筋に点々とつけられた赤い痕は、静雄のものか臨也のものか静雄には区別がつかない。
「静雄さん聞いてますかー?俺独り言とか寂しいじゃないですかぁ。ロンリーですよ。ぼっちなのは臨也さんだけで十分です。」
「聞いてる、聞いてる。えーと買い物だろ。何買いに行くんだ?」
「それが、冷蔵庫空っぽなんすよ。信じられますか?あの人俺達を餓死させる気ですよ。これは、殺人計画です!事件です!というわけで、殺人事件を未然に防ぐために名探偵正臣とその助手の静雄さんで買い物に行きましょう。臨也さんのカード、デスクの上に放ってあったんで、お金なら心配無しです。」
「・・・で?」
「腹減ったんで何か食べたいんです。」
「最初からそう言え。」
「うう、酷いです静雄さん!静雄さんとほんの少しでも長く話していたいという俺の愛故ですよ?」
緩い笑い声が静雄の頭の上か落ちてきた。髪に触れる正臣の指は、遠慮はなく、好き勝手している。何が楽しいのかよくわからないが、正臣の触れ方は真っ直ぐで、それは、人からの温もりに飢えている静雄にとってずっと欲しかったものの一つだった。うれしくて、もっと欲しくて、目の前にある赤い痕に誘われるように口づけた。
一つ、
二つ、
首筋から、鎖骨にかけて、散らされた痕全てに何回も何回も丁寧に、ねだるように。
「ふ、はは、ちょっと、くすぐったいですって。」
「気にすんな。」
「そ、無茶な、ふ、ははは、す、すっとぷ!」
体勢が崩れそうになった正臣は肩を震わせながらギュッと静雄の頭に抱きついて、濡れた金髪に顔を押し付けた。
「はあはあ、・・あー、もう。ほんと静雄さんてば甘えたがりー。」
「わりぃか。」
「全然。俺、静雄さんのそういうとこ好きっすよ。」
「・・・・・・・おー。」
「今、もしかして照れてますか?デレデレっすか?」
「うるせえ黙れ。」
ガッと、静雄の手で正臣の頭と身体を固定され、正臣は身動きがとれない。なんとか脱出を図ろうとするも、静雄の拘束から逃れることができるわけもなく、早々に諦めた正臣は、静雄から拘束を解くまで待つことにした。湯船から上がった上半身が少し寒い。
「静雄さーん。上が寒いでーす。」
「・・・。」
静雄が無言のままシャワーのコックを捻ると、温かいお湯が正臣の背中を打ち、流れていった。どうやらもうしばらく、静雄の顔から赤みが引くまではこのままらしい。どうせならと、この状況を楽しむことにした正臣は、静雄の髪にキスを落とし、にやりと不敵に笑った。
「静雄さーんありがとうございます大好きですよ。」
「っ、紀田ぁ!」
「あだ、痛いです!静雄さん、手!痛い!あと正臣でいいですってば!愛してますよー!」
「あー、もうお前黙れ!!」
「い、背中痛いです!静雄さん愛してるー!」
「だあああああああ!!」
シャワーの音、湯船から零れるお湯の音、笑い混じりの痛がる愛の言葉と、行き場の無い恥ずかしさを交えた声が、バスルームの中で反響した。
作品名:シュガー×ドロップ×ミント 作家名:がーと