これも一つの、愛の形
折原臨也と平和島静雄の喧嘩は日常茶飯事だ。
何かしら問題を作る臨也と、その裏の陰謀ごと文字通り吹き飛ばしてしまう静雄。
楽しそうな思い付き全てを静雄が潰してしまうので、臨也はさらに悪意を上乗せする。
人間の限界は何処なのか、確かめるように。静雄の限界はどこなのか、そして自分の限界がどこなのか、彼は知りたくて知りたくて堪らないのだ。
「シズちゃんさぁ。君は自分がどうやったら死ぬかわかるかい?」
「知るか。逃げるの止めたなら、さっさと死ねよ臨也くんよぉ」
屋上のフェンスまで追い詰められた臨也は、逃げる事を止め、それでいて不気味な余裕を今だ維持し続けていた。静雄の言葉にも笑うだけで応えず、自分の話したい事だけを口にする。
「俺はさ、分かるよ。シズちゃんの攻撃を腹に食らって、蹲った所を思い切り踏みつぶされたらそれまでだろうね。俺はトラックに跳ねられても無傷なシズちゃんと違って人間だからさぁ」
「……何が言いてぇんだ手前は」
「俺は、俺が死ぬ方法が分かる。具体的に想像出来るくらいにはね。一般の人間はそうだ。自分がビルの屋上から飛び降りても死なないと本気で思ってるのは、薬中くらいじゃないかな?ねぇ、でもシズちゃんは?君はビルから飛び降りて死ぬ自分が想像出来るかい?出来ないよねぇ。少なくとも俺は出来ない。精々死ぬのは下を歩いていた通行人くらいじゃないかな」
「………………」
黙り込んだ静雄の顔を、臨也は下から窺うように覗きこんだ。
想像通り、そこには自分が放った言葉に傷付く顔が確かにあって――臨也は、ぞくりと背を走った感覚を飲み込むように、笑ってみせた。
「俺はさ、シズちゃんが人間じゃないって知ってる。入学して2ヵ月間、毎日その出鱈目さを見ていた俺が言うんだから間違いないよ。シズちゃんの傍に、居たかい?家族以外で、こんなに傍で言いたい事を言い続ける人間が」
「なにが、言いたい」
二度目の言葉は、明らかに怒気を含んでいた。
他の人間ならば一歩引くようなその激情を前に、臨也は逆に静雄との距離を縮めてみせた。
「俺なら、出来るよ。他の人間が怖くて出来ない――人間じゃないシズちゃんを、愛するっていう事が出来る」
「……………はぁ?」
「ああ、シズちゃんに分かりやすく言ってあげようか」
芝居じみた仕草で、臨也は静雄の頬へ手を伸ばした。
振り払おうとすればいくらでも出来た緩慢な仕草が、逆に静雄に警戒心を抱かせるのを遅らせた。
「愛してるよ、シズちゃん。俺はね、君の事が好きなんだ」
「………………………」
静雄の記憶が確かならば、自分は確か昨日、まったく同じ時間にこの場所で同じ言葉を聞いたはずだった。発した者が違うだけで、言葉は此処まで不快なものになるのか。恐らく、全てを確信した上で行動している臨也に腹が立つ。
新羅の想いも、自分が発した言葉も、全てが踏みにじられる。そんな感覚。
「――手前が得意なのは、嘘と悪巧みくらいしかねぇと思ってたが…」
随分と下手になったみたいだなぁ、と静雄が笑う。
怒りを殺そうとして失敗したような顔を前に、臨也は楽しそうに笑って見せた。
「おかしいなぁ。俺は心を込めて言ったんだけどね。君が好きだって」
「俺は、手前が一番嫌いだ」
「やだなぁ、シズちゃん。知ってるよ」
臨也が翳したナイフに映った静雄の顔は、もう笑ってはいなかった。
臨也だけがいつまでも、いつまでも楽しそうに笑っている。
「だって俺も、シズちゃんの事がだぁい嫌いだからね」
臨也は知らない。
この時発した己の言葉に、何一つ嘘が含まれていない事を。
優しさなど生温いものではなく、燃えるような怒りを好んだ
饒舌に愛について語らいながら、心に深い傷を作るのも面白い
感情の起伏、生と死の瞬間、その全てに関わりたいと願わずにはいられない
その理由を、臨也は知らない。
臨也が知らない感情を、どうして静雄が汲み取る事が出来るだろうか。
世界は相変わらず彼らの前に昨日と同じ関係性を用意する。幾億の人類と比べても、揺るぎない憎悪を注ぐ相手として。
「シズちゃんさぁ、ホント死ねばいいのに!」
「それはこっちの台詞だ!このクソノミ蟲が!!」
臨也は、静雄は、世界は、知らない。
万能と呼ばれる神でさえ、知らないだろう。
「あはは、またやってる」
ただ、恋に溺れる男だけは
そんな彼らを見て、穏やかに笑ってみせたのだった。
これも一つの、愛の形/end
作品名:これも一つの、愛の形 作家名:サキ