僕らの差とは
「は?・・・何が?」
門田に会いに久々に埼玉から池袋にやってきた。
数日前に美味しいラーメンが食べたいと電話で話した時に門田がそれなら良い所を知っていると言ったからだ。
なのに池袋駅で待ち合わせて俺の顔を見るなりこの路地裏に入るまでの数分間、門田はずっと無言だった。話しかけても俺の顔もろくに見ようとしない。ようやく口を開いたかと思えば、今し方の主語の無い問いかけ。若干威圧を感じる様な声色を不信に思ったが、意味が分からず答えようがなかった。
そんな様子を察したらしい門田は不意に俺の斜め下方を指差した。
「お前のその左手首だ」
「あ、あー・・・」
直ぐに合点がいった。上着で隠していたはずの左手首の包帯がほんの少しだが袖から覗いていた。
失敗した。喧嘩で怪我した事を気付かれないよう気を使っていたはずなのに、よく見れば所々ほつれていた。いつの間にか何処かに引っ掛けしまったのだろう。
「何度言えば分かるんだ、怪我をするようなら喧嘩をするな」
門田が怒ったような、困ったような複雑な表情をしていた。俺はこの顔を何度見ただろう。女の子には勿論、気にいっている奴にこんな顔をさせるのは趣味ではないが、ここはもう開き直るしかない。
「アンタは俺の母さんか。何度も言われる方もたまったもんじゃねぇっつの。しょうがねぇじゃんかよ、仲間が揉め事に巻き込まれたら怪我してでも救い出すのが俺の役目」
「そんなもの理由にならない。もっと友好的な解決方法を見出したらどうだ」
「そう出来たら苦労しねぇよ。どうせ相手も聞く耳持たないんだからそっちの方が時間の無駄だろ」
少し声を荒げるような会話は、他人からしたら不信に感じられるかもしれない。だけど門田の仕事が終わるのを待った今の時間の路地裏には、俺達以外の人影は無いに等しかった。マンションのエントランスの明かりやぽつぽつとある居酒屋の明かりだけが存在を主張している。
互いに無言になり、表通りの車や人の騒ぎ声が微かに響くばかりだ。ただそれから数秒も経たないうちに、門田が深々と一つため息を付いた。
「・・・どっちが先に手出しをしたか知らんが、危ない真似はやめろよな」
「んー、門田がそういうなら聞いてやってもいいけど」
「・・・・・・その台詞も聞き飽きた」
うんざりした様な門田の台詞に少し笑いそうになる。
「回復力は若いから伊達じゃねぇって。少なくとも京平おじさんよりは?」
「ったく生意気なガキだな」
「ガキじゃねぇし!」
「そういうところがガキなんだよ。ガキ」
不服だ、身長はどうしようも無いにしても俺は門田に甘くみられている気がする。自分の方が門田より若い事を主張したかったはずなのに、逆手を取られてガキ扱いだ。
「ところでお前、埼玉にはいつ帰るんだ?」
「いつでも良いじゃん」
「拗ねるなよ」
「っ・・・何も無ければ明日の夕方とかっ」
<何も無ければ>、勘の良い門田なら言わずとも勝手に察すだろう。つまりはTo羅丸内でトラブルが無ければという事だ。
不意に門田が思案顔になった。理由がTo羅丸である事が拙かっただろうか。女の話題を堂々と出すよりはましだと思ったのだけど。
そんな事を考えていたらほんの少し俺の前を歩いていた突然門田が立ち止まった。
「・・・・・・ラーメン屋はあと数個先の角を右に曲がれば着くんだが・・・帰るぞ」
「は?帰る!?俺まだ来たばっか・・・っ」
やっぱり機嫌を損ねてしまったんだろうか。今のはそんなに門田の気に障る事だっただろうか。ああ、相手が女なら幾らでもあやす方法は知っているのに。
「お前も俺の家にだよ」
「・・・・・・は・・・え?・・・・・・ああ・・・は?」
は?じゃねぇだろ!と自分に心の中で突っ込んだ。
<門田の家に行く>というキーワードが引っ掛かって脳内にじわじわと浸透する。とっさにこの場に見合う言葉が見つからなかった。
「その包帯、家でちゃんとやり直してやるって。気になって仕方ない。
ラーメンなら明日でも良いだろう?これからの飯ならコンビニで買って帰ればいいし、家で俺の晩酌に付き合えよ」
まぁ勿論お前はジュースだけどな!と笑いながら付け足された。
そんなのずりーよ!と反論するも、俺は善良な大人だからなとまた笑う。
「それに、折角久々に千景に会えたんだ。2人きりで話したい事も有るしさ」
それは極自然に、さらりと、そう例えるにふさわしい流れで俺に降りかかった言葉。
門田は照れもせずに俺に笑いかけ、ストローハットを被った俺の頭にふわりと触れた。
簡単に伝わるはずのない所から体温が伝わるような気がした。
「・・・がねえな、付き合ってやるよ!」
暗がりに赤い顔は隠せても、今の捨て台詞は間違いなく上ずった声だった。
平然を装ったつもりだったけれど、多分門田は気付いている。声を出さずとも俺の目に写る肩は微かに震えていた。
数年の年の差はここまで余裕を生むものなのだろうか。
・・・何が善良だ!この天然タラシ!
そう反論したかったのに口は思う形に開かず、ただ躓きそうになる足を必死に門田が歩み行く方へ動かす事しか出来なかった。