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蒼い蝶たち

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 ここの所、やたらと周りが騒々しい。
 それは昇進とともに拡大していくありがたくもない付属品。
 これがただのテロリストや勘違いしたインテリを気取った保守派ならよかった。

 事このきらびやかな夜の華たちはそれらさえも辟易するほど厄介だった。
 役に立つことも間々あることだが大抵は碌な目に逢わない。
 自分ひとりならそれなりに交わし方もなれたものだが・・。




 「それで、マスタング少将のお相手はどなたなんでしょう?」
 「なんでもソレは見事なブロンドの持ち主で一目で心奪われたらしいですわよ?」
 ひそひそと聞こえるように話しているのかそれともこのざわめきの中では聞こえまいと思っているのか。
 大抵はどちらでも構わないというのが真相かもしれない。



 まったく女性っていうのはいくつになっても噂話が好きなようで。
 まばゆいばかりの幻想世界にふわふわと浮かんでは消える陽炎のようなものだ。
 しかし、今回ばかりはそうも言ってられない。


 なにしろ噂の的の本人がそこに居るのだから。
 ちらりと、横を見るとうつむいて怒りに震えて様子が伺える。


 「私が聞いた話では、昼間は淑女さながらに純真でいても陽が陰ると淫魔も逃げ出す程らしいですわよ。」
 一際下世話な笑い声がこだまする。
 「まぁ、どんな風にあの秀麗なマスタング様を夢中にさせてるのかしら。」
 「私たちには想像付きませんわねぇ。」
 嘲笑の中に混じる悪意の塊。


 紅いビロードのカーテンの陰で一人拳を握ってソレに耐える少年が一人。
 「なんなんだ・・・・。」
 ポツリと思わず漏れた言葉。
 むせ返る香水とおしろいの臭いにあてられて夜風に当たりにバルコニーに出ては見たものの、そこではまた珍獣扱い並みにあちらこちらから声をかけられ瞬く間に囲まれて逃げ出すのもやっとだった。
 そうしてメインフロアー横の2階にあがる螺旋階段の下、ゆうに身の丈の2倍以上はあるガラス扉を覆うカーテンの間に身を滑り込ませたのだった。
 本来なら少将の傍にいて笑顔の一つでも貼り付けていないといけないのだが。
 どうにもこういう場は苦手で。
 一通り来場者を目にして危険人物は居ないようだったのを幸いに身を隠していた。
 護衛としての役には立っていないのであまり強くも出られないのがジレンマだった。
 ここが司令部であったなら盛大に文句の一つでもかましてやれるのに。



 「言って置くがね、私が口を滑らせたわけではないよ?」
 先ほどのどこからともなく聞こえてきた会話についてのささやかな弁解だったのだが。
 噂は間違いではないけども、と心の中でつぶやく。


 「んなこと・・」
 解ってるよ!とついついエドが声を張り上げそうになる前に唇にやんわりと触れ、言葉尻をついばんだ。
 「しーっ。いい子だから今はしゃべるな。」
 耳ざといレディーたちに見つかったら格好の餌食だろう。







 いい加減夜の蝶たちのワルツの相手にうんざりしていた少将もここに逃げ込んでいたのだった。


 耳元でようやく聞こえるほどの声色は肌がざわめく吐息のように三半規管を刺激した。
 その声にエドはうろたえる。
 「ちょっ・・離れ・・・。」
 今度は人差し指でふさがれた。
 しばらくそのままでいるとワルツのテンポが変わり、照明が絞られきらびやかな世界が少しの間和らぐ。
 「やれやれ、宿木を見つけにようやく飛んでくれたらしい。」


 チークダンスになった所為か壁の花を嫌がる女性たちは一斉に羽ばたいていった。


 「・・・・・アンタは行かなくていいのか?」
 嫌味交じりに突き放すようにつぶやく。
 「ここに蜜があるのに?」
 帰される口調は柔らかな笑みを含んで。

 エドの感情などお見通し。


 「・・・・腹へってんの?」
 あくまでも視線を合わせようとしないけれど。
 「無論。」
 誘うような甘えをまとって。


 「じゃぁ、少しだけ・・・。」
 ようやく向けられる瞳は蜜を溢れさせて惑わす。
 「では、遠慮なく。」
 優雅に羽根を向け存分に甘露を味わう。




 紅い花畑に、蒼い蝶が2匹ゆらゆらと戯れていた。

作品名:蒼い蝶たち 作家名:藤重