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食事の時間

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「ごはんつくって」

電話で急に呼び出されて何事かと向かえば。
笑顔でスーパーのビニール袋(やたらと重そう)を差し出された。
え、なにこれ。どういうこと?
受け取るのを逡巡していると、

「結構重いんだけど、もってくれないの?」
「え、いや、あ、はい」

一気に身の回りの気温が10度下がった気がした。
怖くて顔が見れないとか……。っていうかなんでこうなるんだ……。
電話で呼び出されたときは、また何かひどいことをされるんじゃないかと怯えてたが若干あってた気がする、いやだいたいあってる。
袋を受け取ると、臨也さんがぐだぐだとソファに変な姿勢で寝転びに移動する、ぼーっと見送って。
――機嫌悪いのかな……。読めなくて怖い。
あんまり深く考えたくなくて、袋の中の食材を確認しはじめた。

「えー…」
なんだこれ。

卵、牛乳、長ネギ、玉ねぎ、人参、かぼちゃ、じゃが芋、生ハム、豚肉、牛肉、シチューのルー、カレーのルー、
牛乳プリン、エクレア2つ、いちごジャム、ピーナッツバター、板チョコ、食パン。

これ全部使って作らなきゃならないのかな…。
いやまてそんなハズはない。この人の事だから何か意地悪してあるかもしれないし……。
深読みを始めるとキリがない。

っていうか何を作ればいいんだ?
お腹すいてキレられる前に短い時間で出せるもの――パン焼いてジャム塗って出せばいいのか!?
まて紀田正臣。それやって前なんか恐ろしい目にあったのを忘れたのか!?
だいたい食材とかは経口で摂取するのが通常で、どう考えても塗っていいわけないだろ!

…………落ち着け紀田正臣。クールになれ。あんまり考え込みすぎるとまた理不尽な要求をされるぞ!!

ルーが二種類あるからどっちか食べたいとかそういうんだろうなぁ。
無難にカレーか?うん、前作ったときそれでなんとかなった気がする。そして俺もカレーが食べたい気がする!
それだそうしよう作って食べずに俺は帰るのでも多分オッケー。
脳内会議を手早く(?)終えて、食材をもそもそ出して並べる。
悪くなりそうだからとりあえず他のは冷蔵庫にしまおう。
肉……牛でいいかな。
たしか少し牛乳につけて柔らかくしたりするのがいいんだっけ。

肉をつけてる間に野菜を洗って、ざくざくと切って、水に通してからフライパンで炒める。
油よりかバターがいいよなぁ。火を止めて肉を入れて強火で一気に仕上げる!おお、なんか楽しくなってきた。
あと煮るだけ!煮て「あとはご自分で召し上がってください」とか言って帰ろう。
なんか一服盛ってやろうかな。いやそんな馬鹿なことしてもなぁ。あとが怖
「何作ってるの?」
「おわっ」

上機嫌で後ろのテーブルに用意した鍋をとろうと振り向くと、目の前に臨也さんがどアップになった。

「あ、ええとカレーです」

なんだかのりのりで料理してたのが恥ずかしくなった。
てっきりソファで寝てるものだと思ってたから。おお怖っ。

「ふーん」

じーっと後ろから見られている。正直すごくやりづらい、けどあと煮るだけだし!
笑顔笑顔。ぎこちないけどとりあえず向こう行ってて欲しいから精一杯の営業スマイルで、

「あの、まだかかるんで、向こう行ってて大丈夫っすよ」
「いやココで見てるよ」
大仰な手振り付きで台所に一脚だけある椅子に座る。
「…そうですか」

……うわ、煮込んでる間に座ろうと思ってたのに場所なくなった。ありえねぇ。絶対わざとだ。
小さくつきそうになったため息を飲み込んで煮込み始める。
鍋とお湯の立てる音以外がない、静かに過ぎる重い空気。浮いてきたアクを取る。
ルーを投下して、いい匂いがただよってきたあたりで少しイライラも落ち着いてきた。ぐるぐる木べらでかき混ぜる。

「そういやさ、紀田君」
何時の間に近づいたやら、至近距離で声がする。
「なんですか?」
「カレーだって言ったけど、ご飯は炊いたの?」
「……あ。」

忘れてた。
マジかよ!?
にやにやと顔を覗き込まれる。
うげ、どうしよう。
にやにやにや笑いながら手に何かを持って近づいてくる。
後ろはシンクで。逃げ場を失った俺は真っ白になりながら臨也さんを見ていた。

「ってなると思ったから、ほら、炊いておいたよ。パックのだけど」
「うっわー、わざわざありがとうございます」

怖がって損した。
あんまりにも動揺したものだから鼻で笑われている。
ほんと、……なんか腹立つ。ごはんのばか。

「いえいえどういたしまして」

テーブルにご飯のパックを置くと、臨也さんが近づいてくる。
近づいてくる手に思わず目を伏せると、俺を素通りしてカレーの味見を始めた。
うわ、さっきから怖がってばかりの俺馬鹿みてぇ。いや馬鹿か。
前は。一度、裏切られる前は結構進んで料理の手伝いとかしてたけど。
そのころはスキンシップ過多だったな、とか今思い出すと少し焦る。
今はもう絶対されないだろうし、されたくないけど、頭撫でてもらったりとか肩を抱かれたりとか。
前にサイモンと外国語(ロシア語か?)で話してたりしたから、海外で育ってそういう習慣のある人なのかなと勝手に思ってたけど、
顔を触られたり、首に顔を埋められたり、される段になって、ようやくそういう意図を持ってのスキンシップだと気づいて。

「触って欲しいの?」
「は……?」

記憶と変わらない細くて長い指先が肩に触れて。
なでられている首のあたりがひやりとする。指輪の感覚。
そのまま上のほうに移動して耳たぶのあたりを軽くつねられたような。

「あ、カレー吹き零れそう」
「うわっ」
あわててガスを止める体を離れてよかったと安堵している自分と、違うことを考えている自分を認識して頭がいたくなる。

「あの…何でさっき触ったんですか」
手が離れた今聞くのも間抜けだが、思わず聞いてしまった。
「イヤーカフ取れそうだったから」
あー、そういえば最近注意力がないのか落としまくってたっけ。
「どうも、」
「俺に直して欲しかったんでしょう」
「違いますよ」
勘違い乙です。あーもう何か色々思い出しちゃって気持ち悪くなってきた。
カレーもできたし、ご飯もあるし、よそって準備しよう。
なんでご飯作んなきゃいけなくて、なんでこんなぐるぐる気持が悪くならなきゃいけないんだろう。つかれた。もうやだ帰りたい。

……スプーン、このへんにあったよなぁ。
あと一応そんなに辛くないけど水用意しようか。
パック開けちゃったし、俺は牛乳飲んでおこう。
臨也さんはもう既に奥のリビングのほうに移動していた。
「どうぞ?」
一応配膳が終わって、臨也さんが俺に座るように促す。
いちいち行動を管理されてるようで本当、つかれる。

「いただきまーす」
「めしあがれー」

投げやりに食事開始の応酬をして。
そこからはしばし無言で食べ進める。
あっ、今更気づいたけど帰るタイミング逃してつい一緒に食べてるよ俺。
顔をしかめたところ、口の端を上げるだけで笑われたので多分なんとなく思っていることは伝わってしまったのだろう。
そのあとは結構美味しく出来上がっているはずなのに味のしないカレーを御飯と一緒に食べきることに没頭した。

『臨也さんは何でも知ってるんだよ』
作品名:食事の時間 作家名:さのじ