Like a Flower
「…何やってるんだ、オノD」
「あっ、レンくん!ちょうどよかったぁ~」
助けて、と情けない顔で僕を見てくる、もう見慣れた人。今日は珍しく青いツナギを着ていないのに、何をしているのか道端にしゃがみ込んでいた。その膝を覗けば、どっかりと居座ったまるで毛玉のような二匹の
「猫?」
「そうなんだよ。なんでだか離れてくれなくてさぁ」
心地良さそうなそれは見ていて和んでしまうのだが。確かに、猫嫌いの彼には酷かもしれない。
聞けば、この一応人気声優である彼は珍しく休みだったらしい。かといって何をするでもなく、つい癖で響事務所まで来てしまった彼は、とりあえずこのあたりを散歩していたそうだ。すると後ろから何かついてくる気配。何かと思い振り向けば彼女らがいて、何かあったのかとしゃがんでみれば、あっという間に膝に乗られ、そのまま身動き出来ずにいた…と言うことのようなのだ。が、
「…これ、事務所のじゃないか」
「そう。トモちゃんとカズちゃん」
にゃあ、呼ばれたと思ったのか返事をする二匹に彼は困ったように笑う。その様子に、ああ、と思い出し僕はようやく納得がいった。通りで、彼が僕が通る今まで無碍に振り落とすことが出来なかったのだ。
彼女らは、彼らの助けた乙女達の笑顔と同義だ。この彼が振りほどけるはずがない。
乙女のためにと誰よりも尽力する、彼が。
「でも変なの。俺、猫には嫌われる質なのに」
「…それは……」
彼女達の名前のせいじゃないか。
そう言いかけて、寸でのところで押し留めた。言ったところで、意味がわかるとも思えなかったが。
「それは、何?」
「いや、別に」
そのまま更なる追求から逃れるために僕は彼に倣ってしゃがみ、その膝の中の生き物に触れる。俺に続いておそるおそるといった感じで撫でる彼の手に、僕をそっちのけで二匹はごろごろと気持ちよさそうに喉を鳴らした。
「…で、僕に何をしろと?」
「事務所に連れてくの、手伝ってもらえるかな?」
眉尻をさげた情けない顔で、けれど微笑みながら、首を傾げてみせる。僕はそれから不自然でない程度に視線を外し、無言のまま二匹の首根っこを掴んで抱き上げた。にー、と今度は不服そうな声。
「レンくん、」
「ほら、行くんだろ事務所」
「あ…、うん!」
嫌だと暴れる猫を抱えさっさと歩き出すと、彼は慌てて隣に並んだ。猫はどこか不満げで、服をかりかりと引っ掻いたりしてくる。何だか解せない。そしてむかつく。
なんて思っていると、隣からくすくす笑う声。
「なに」
「うん…レンくんは、やさしいね」
「は?」
「いつも、初めは嫌そうなくせに、ちゃんと助けてくれるでしょ」
ありがとう、助かってるよ。
「って、いつも言いそびれてるから」
そうにこりと微笑まれて、何も言えなくなってしまった。
そう。言えるわけがないのだ。その腕の中の猫についさっきまで嫉妬して、それを引き離したいがために手伝ったなんて。いつもいつも、本当は見返りを求めているなんて。
手伝うたびに、無事に解決するたびに、彼は言葉ではなく彼自身で返してくれている。言葉よりも表情のほうが雄弁な彼は、本当に楽しそうに、嬉しそうにしてくれるから。
無条件に向けられる向けてくれるその笑顔が。それが、僕は見たくて。
「オノD」
「ん?」
「お礼は手料理でいいぞ」
前を向いたまま、いつもの無表情でいう。一瞬相手はきょとんとして、それから弾けるように笑った。
「うん、了解。何がいい?」
「…カレー」
「あ、それなら得意だ」
知ってる、とは言わなかった。話だけを聞いていて、いつか食べてみたかったのだ、とも。
礼など口実で、本当はそんなものいらないことも。
楽しそうな。嬉しそうな。例えどんな笑顔でも、見せてもらうことが出来るのなら。
Fin.
作品名:Like a Flower 作家名:諏訪 龍