甘さを召し上がれ?
夜も更けて、日付も変わりそうな時刻。
月夜もぼんやりと寝ぼけているようにうす曇っていた。
街の街灯はレンガ色を優しく映して、その陰に潜む想いを隠す。
3日ぶりの我が家に帰り着こうかとしている時、ふと背後に視線を感じた。
「・・・・やれやれ、残業手当も出ないのにやはり車で帰るべきだったか?」
普段なら歩いて帰ろうとは思わないが、ふと気が向いて夜の湿った空気を味わいたくなったのだ。
今の自分には似合いすぎるシュチュエーションだった。
もう長く逢っていない恋人がいる。
声も聞いていない。
無理やりな手段で召集をかけてもよかったが、そんなことをしたらますます近寄らなくなりそうだ。
去年、想いを打ち明けて無理やり答えを引き出してなし崩しにそういう関係に持ち込んだまではよかったが。
その後彼からのアプローチは無いに等しい。
もともとそういったことに器用ではない彼のことだ、ソレも当たり前なのだが。
いっそ拒絶されればあきらめも付くがそうではない。
想いを説けばぎこちないながらも、応えてくれているところをみるとそれなりに思いのベクトルはすれ違っていないようだ。
少し距離を置いて待つことにしたのはいいが、このままでは彼が行動を起こしてくれる前に私のほうが参りそうだった。
気を紛らわせる為に遊びに興じようと頭を掠めることもあったが、そのたびに彼の笑顔が浮かぶあたり、もう戻れない所まできているらしい。
この歳になるともう取り返しが付かないが、彼はまだ若い。
潮時なのかもしれない、な。
頭ではそう結論を出しては見たものの、実施に至るかといえば否というしかない。
己の愚かしさに笑いがこみ上げてくる。
と。
背後の人物のため息にも似た吐息が耳に入った。
「・・・・・誰だ?」
そう口にはしてみても、確信はしてた。
「さぁ、誰でしょう?」
そう返す声色は間違えようもない。
「男心のまるで分からない、不誠実な恋人かな?」
「そりゃ、こっちの台詞だっ!!」
路地裏から飛び出してきた、少年。
月の雫を編んだような金糸がまばゆい。
「何故こそこそ後をつけてきたりしてるんだね?」
「・・・・ノーコメント。」
実は浮気してるんじゃないかと勘ぐって後をつけていたとは流石に言い出せない、エドワード。
「冷えてるじゃないか。」
今まで何をしていたんだい?
普段は一つに編んでいるつややかな長めの髪を今日は降ろしている。
トレードマークの赤いコートに白いボアの付いたフードという出で立ちでは一見女の子のようだ。
服装の乱れは無いようだから危険なことに巻き込まれたわけではないようだが。
「今最終列車で到着したから宿とってねぇんだ。一泊させてくれよ。」
「・・・・・君。」
それはどういう意味で?
そういう意味か?
「なに?」
街灯のつたない明かりで表情を読み取るが、別にはにかんでいるようでも期待しているようでもなかった。
「都合わるい・・・とか?」
家で待ってる人でもいんの?
「そんなわけあるまい。多少散らかっては居るだろうがね。」
「ふーん。」
その含みのあるような言い方をされる覚えは無いんだがね。
「なにせ3日ぶりに帰る我が家だ。あまり居心地がいいとは思えないからね。」
「あんた案外だらしねぇもんな。また洗濯物でもたまってカビ生えてんじゃねぇ?」
食器くらい水につけておくとかしろよな。
チシャ猫のような笑みを浮かべる無邪気な姿に邪な想いがこみ上げてくるのくらい許して欲しいものだ。
「それはそうと、私はまだ夕食を食べていないのだが、君は?」
「あ・・・・言われてみれば。」
俺も食ってねぇや。
「ソレは困ったね。きっと食材なんてうちにはないだろうし。どこかで食べて行くか。」
そうはいっても時間が時間なだけに食事が出来そうな店はほとんど閉まっている。
「・・・・そうだ。とりあえず、これで。」
彼に腕を引かれて何かの店の角へ連れて行かれると、ポケットからなにやら取り出した。
「ん。」
確かに非常食にはもってこいな代物だった。
カカオと砂糖とミルクの混ぜ物。
「ありがとう・・・といいたいところだけど。私はいいよ、君が食べなさい。」
「・・・・そっか、あんた甘いものだめなんだっけ。じゃぁ、これでどうよ。」
そういって彼はその茶色い物体をひと欠け唇にくわえてみせた。
これはなにか試されてるのか?
思わず周りを見渡してしまう。
どこかに悪戯好きの連中が潜んでいやしないかと。
「ん。」
でも、目の前の彼はほんのり目元を染めて。
幾度もついばんだことがある柔らかな唇に溶け始めてる、チョコレート。
そして、目の端にうつる店のディスプレイに納得がいった。
これは彼なりの・・・。
わざわざ物陰に誘い込んで。
羞恥心を抑えるように夜を待って。
半ば無理やりな行動。
逃げられないよう、腰に腕を回して。
君の心の欠片ごと頂こう。