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Chiaro di luna

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薄汚い街角の、薄汚い空だった。
全部全部色なんて霞んで、明度や彩度なんてまるで無い。
くすんだ建物とくすんだ道と、くすんだ瞳。
擦れ違う誰の目も、決して輝いてなんていなかった。
ぎらぎら光っているものはあったけれど、決して輝いてなんかいなかった。
綺麗なものなんて、なにひとつなかった。
希望なんてない。
ただただ、毎日を神経を研ぎ澄ませて生きていた。
必死ではあったと思う。
食うか食われるか、強かでなければ他の奴らに追い落とされる。
嗅覚を鋭くしていなければ、いつ食い物にされるか分からない。
信用なんてしない、誰も。
周りは敵だ、すべて。
信用なんてしない、自分以外は。

俺の世界には、俺ひとりだ。





それが俺の日常だった。
のし上がって街のトップになったとしてもそれは変わらない。
誰が傍にいようが俺は俺だった。
俺以外の何ものも必要ではなくて、俺には俺だけが必要だった。
大切なものなんてない。
ただ毎日が流れていくだけの中で、ただ目だけをぎらぎら光らせた。
目の前の風景も何も、俺には関心の外で、睨みつけることはあってもとくと眺めることはない。
無意味だからだ。
そうだろう?
そんなものが、俺を助けるわけじゃない。
腹の足しにもならないものを喜ぶほど、俺は暇じゃない。
隣町の調子に乗り始めた連中と一戦交えた後の夜、纏わりつく取り巻きをうっとおしく追い払って俺は地べたに転がった。
冷やりと触れる後頭部の体温が奪われていくのが少しだけ心地いい。
見るとは無しに見上げた先は、汚れた街には似合いの、濁った夜空だ。
ぼやぼやと光る街の明かりで、星なんて見えない。
ふつふつと薄白い粒が見えるような気もするが、おとぎ話のような輝かしい光じゃない。
ぐちゃぐちゃに掻き回した泥の底のような淀みに、しみのようにこびりついているだけ。

(汚ねぇ……)

そうだ、所詮は汚いだけ。
街も、空も、俺も、何もかも。

(汚ねぇんだ)

視界を遮るために、目を閉じる。
夜風は生温くて頬を撫でられるたびにざわりと感覚がよだつ。
街に、空に、俺は埋もれて生きていく。
一生、きっと、変わらずに。
それがどうというわけじゃない。
希望なんてもっていない。
光なんて、はじめからないのだ。
俺のこれまでに、一度だってそんなものがあったためしがない。
期待もしない。
何も、



ふと、閉じた瞼の向こうに揺れるものを感じた。
気だるさを押しのけながら、うっすらと目を開けると、細い隙間から覗いたのは、見慣れない色だった。

(き、ん……?)

雲に隠れて先程までは見えなかったそれは、ぽかりと中天に浮かぶ月。
もっとも丸い時期なのだろうと容易に想像できる欠けたところのない球は、まだらの模様を表面に貼りつかせながらも、不思議と汚れては見えなかった。
気のせいだろうか。
普段よりも大きく見える。
濁りさえ霞むほどに突如現れた空の光の源。
ぼんやりと、目を奪われる。
汚い街も道も空も、照らす光は、無遠慮に降り注ぐ。
すべてに平等に、
俺の上にも。


生まれて初めて、それだけが唯一自分を祝うようで、何故だか、本当に何故だか自分でも分からないが、視界がぼんやりと滲んだ。
つ、と頬を滑る一筋を拭いもできずに、俺は空を見上げ続けた。





 * Buon Compleanno! * 




2010.5.29




作品名:Chiaro di luna 作家名:ことかた