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アイス

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 理由なんかそれっきりだ。
 フルーツシャーベットよりもソフトクリームよりも、アイスクリーム売り場で真剣に悩む駆の後ろ姿に興味があった。
 おやつやファミレスのメニューを選ぶのに時間がかかるのは昔からだ。よく知っている幼い頃と変わらない一面を見つけると嬉しくなる。
 視線の先には昔からよく食べていた氷菓とバニラベースのフルーツアイスがあった。
小さな頃にも二択で悩んでみんなに置いていかれ、そして

(兄ちゃんと半分こするんだ!)



 口一杯に含んだ氷菓を噛み締めると冷たさが奥歯から頭の芯まで響く。熱い体の中で顎だけが冷たい。
 それが和らぐのを待って僅かに氷の粒が残る液を飲み込むと、今度は体の芯がひやり冷えるようだ。
 日比野が坊主頭のこめかみを押さえながらぎゅっと瞑った目をゆっくり開くと笑い転げる駆の手元で水色の塊がゆっくり落ちた。
「あ。」
 三センチほど残っていた氷菓が石段の上でゆっくり溶けて染みを作った。
「やっちゃった。」
「悪い、食べ過ぎた。」
「ホントだよ!」
 駆はべたべたになった手を振る。それで雫が吹き飛ぶわけでも充分に乾くわけでもないけれど。
「残り、食べるか?」
 四分の一もなくなったカップを見せるが駆は首を振った。
「手、洗ってくる。」
 敷地の奥へと歩いていく駆を見送りながらカップの縁に口をつけて残りのアイスクリームを掻き込んだ。

 あまり使われていないらしい蛇口は栓を捻ってもなかなか水が出て来なかった。
 ついつい全開にして数秒経って水が出始めると、今度は竹ぼうきの穂みたいな水が飛沫を撒き散らすので焦って栓を回した。
「何やってんだよ」
 振り向くとにやけた顔をした日比野がいた。拗ねた表情を作るといよいよ楽しそうな顔で言う。
「足元濡れてるぞ」
「すぐ乾くからいいもん」
 細めてもまだきれいな線にならない水に両手をさらすとひんやりして気持ちが良い。
 ゆっくり手の手の平を擦り合わせていると横から乾いた手が割り込んできた。
「つっめてー!」
 蛇口の真下で水を受けた日比野が歓喜の声を上げた。
「日比野の手は汚れてないだろ」
 手の甲で押し返すと日比野もまた押し返してくる。
「いいじゃん、涼んでんだよ。」
 じきに押し合いは水の掛け合いに変わり、顔や腕に飛沫が飛んだ。
 ムキになって蛇口の半分を指で塞ぐとスプリンクラーみたいに水がまき散らされ、日比野は勿論駆自身の前髪も濡れて額に張り付いた。
 二人ごと神社を包む木々のどこかで蝉が鳴いていた。
「これ、昔もやったよね。」
 前髪を掻き上げながら駆がポツリ。
「やって傑さんに怒られたよな。」
 日比野は犬みたいに毛の短い頭を振って両手で顔を拭う。 
 濡れたシャツが肌に張り付いていた。
「さっき、」
 固く栓を締めた蛇口から未練たらしくポタポタ滴る水滴を見つめながら駆が言う。
「アイス貰ったときにさ、ちょっと変な感じがしたんだよね。理由、分かった。」
 髪から伝った雫が頬を滑り落ちる。片腕で拭う。
「小さい頃はよく兄ちゃんとアイス半分こしてたけど、日比野と食べっこは多分初めてだ。昔はあんなに一緒に遊んでたのに意外だよね。」
 ゆるく笑って顔を上げる。
 けれど、日比野はニヤリともニコリともせず、口を引き結んでいた。
「変な感じって何だよ。」
 特別怒っているような声音ではなかったけれど責められているように感じて僅かに肩を竦める。
「何って…」
「例えば、緊張…とか。」
 濡れた手の平が迫る、咄嗟に目を閉じるとその上に更に蓋をするように、目を覆われる。
 その瞬間、これから何が起こるか予想した。妙な確信があった。
 それでも駆は動けなかった。
 両まぶたに触れている手には拘束力なんかないのに。



 口の端がヒヤリとした。
 日比野の体温はもっとずっと温かいと思っていた。
(アイスのせいだ)
 それはほんの一瞬のことで、目隠しの手が離れると同時に日比野は背を向け黙って石段を下っていった。
 駆はその足音や鞄を担いだ時の音、遠のく気配をしゃがみ込んだ低い位置で観察した。
 そしてゆっくり立ち上がってアイスを食べていた石段の上に戻ると、落としたアイスが完全に溶けて小さな水たまりとなっていた。
作品名:アイス 作家名:3丁目