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西園寺あやの
西園寺あやの
novelistID. 1550
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青空のかけら

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敗残兵の行列からほんの少し離れたところ。見失わぬ程度、つかず離れずといった距離を保ちながら、フランスは帰国の途についていた。
スペインとの戦に敗れ、脚を痛め一人では歩けぬ状態でありながらもフランスの見栄は健在だった。手をさしのべようとする周囲の声に耳を貸さず、自力でどうにかすると言い張る祖国の化身に困り果てた側近は、協力者の化身であるスイスに泣きついた。
見かねたスイスはあえて面倒事を請け負い、有無を言わさぬ態度でフランスに肩を貸し、護衛兼杖がわりとして共に付き添い歩みを進めていた。
最初はそれでも抵抗の気配を見せたが、スイスの視線に気圧される形でフランスは身体を預けた。もともと意地を張っていただけのこと。素直に礼を言えぬまでも、ほっとしたように力を抜く。
フランスに比べればやや小柄なスイスだったが、劣らぬ腕力と鍛えた身体を使い、全身でフランスを支えて歩いていく。それはまさに、今回の戦を体現しているとも言えた。

 

「ちっくしょー、なんであんなとこで牛なんかが出てくるんだ……」
「同じことを何度繰り返せば気が済むのである」
呆れた口調でありながら、スイスは言葉を返す。歩みを進めながらの会話でも、その声に乱れはなかった。
「だってよー、準備万端で迎え撃ったつもりだったのに……後一発ボコれば……」
「たらればを繰り返して何になる。素直に負けは負けと認めた方がよい」
「くっそ。次は、負けないんだからー……」
茶化すように明るい口調を装いながら、その声には覇気がない。スイスと違い、やや息も上がり、言葉もかすかに震えるように乱れがちだった。
「喋るな。重い」
「……重さとお喋りは関係ないでしょ」
「無駄な体力を使うなと言っているのである。ろくに顔も上げられぬような状態で無理に喋るな」
スイスが指摘した通り、フランスの顔はずっと下を向いていた。
悔しさと身体の辛さを表情から測ることはできない。だが少なくともいまのフランスに、常日頃に見せる軽薄なまでの明るさは見えなかった。
どんよりとした重苦しい気配を身に纏い、己に対する怒りと自嘲を隠しきれていない。触れ合う身体を通じて苛立ちが伝わってくる。
カラ元気を押し通す気力は残っていないのだろう。スイスはそう判断した。
岩場が混じったこの山岳地帯を抜けるまで、馬を使う危険は犯せない。助けを借りながらでも自力で歩いてくれるだけましなのだ。
身体の大きさはまだ少年の域を抜けきれないスイスにとって、フランスは決して支えやすい相手ではない。
もう戦闘は終わった。これは明らかに規定外労働だ。
それでもスイスはこのまま、首都までフランスを連れ帰るつもりでいた。勝ったら勝ったなりに、負けたら負けたなりに報酬の交渉をしなくてはならない。そうであるなら、なるべく恩を売っておいたほうがよいのだ。
フランス自身がどう思おうと、周囲の人々との信頼を築く小さな布石程度にはなる。
そんな言い訳を考えながら、スイスは力を振り絞り、フランスを引きずるようにして歩みを進めていた。
 
 
「お前さんは平気そうだな。スイス」
「平気なわけがあるか。貴様は重いのだ。図体ばかりでかくなりおって、小回りが利かぬからスペインなどに遅れをとるのである」
「……ごめんな、スイス」
真面目な口調での謝罪に、スイスは眉をひそめた。
「珍しいことだな」
「俺が踏ん張れなかったせいで、お前もまとめて敗軍の将だ」
「かまわぬ。我輩はあくまで手助けするのみだ。勝とうが負けようが給金をきちんと支払えばそれでよい」
「ああ。……そこはまあ、頑張るよ」
「貴様が倒れれば得意先がひとつ減る。余計なことを考えずにきちんと歩け。……生き残れば、それは完全な負けではない。次の機会もあろう」
スイスは下がりかけているフランスの身体をぐいと引き上げた。
「貴様は運が良い。空を見ろ。晴れている」
その言葉に、フランスはゆっくりと上を見上げた。
空は晴れていた。散らされた程度に白い雲が浮かび、地上での争いなどおかまいなしに、ゆっくりと動いている。
「雨でも降ってみろ。いまよりもっと惨めな行軍になるだろう。多少なりともましなのだ。最悪ではない」
フランスは空から視線を下ろし、スイスの顔を見た。
多少の疲れを見せていたものの、無表情に近い。そんな顔をして淡々と言葉を紡ぐ。
「悔しがるのもよいが、いまだけにしておけ。いつまでも引きずるとろくなことはない。その気概を次に回せ」
その言葉に、フランスは表情を緩めた。
それがお前の原動力か。雄々しくはあってもまだ幼さの抜けきらない小さな身体で、踏みにじられぬように常に精一杯の力で闘う力の源か。
そう問いかけてみたい気もする。
だがそれが自分に似合わぬことも、フランスはわかっていた。
「ああ、そうだな。そうすればまたお前さんを雇う戦もできるだろうし」
「そういうことである。その時はせいぜい奮発してもらおうか」
「んー。でも俺、今回で物いりだったし、どうなるかなあ」
「払えぬというならば現物支給をしてもらうだけのことである」
やはり淡々と言葉を返すスイスへ笑顔を見せ、フランスは再び空を見上げた。
遠く高い空は、清冽さを醸し出している。
いま腕の中にあるのは、この空の欠片だ。
掴みきれぬまま、それでも見上げればここにある。
この先、どうなるかわからぬまでも、完全に離れてしまうことはない。
つかず離れず、ここに在るのだろう。
フランスはその予感ごと全てを抱き締めるように、預けた腕に力を込め、眩しげに瞼を閉じた。

作品名:青空のかけら 作家名:西園寺あやの