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夜道を走る

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街頭と街頭の間の暗がりに白い吐息がふわり浮かんでは冷たい空気と一緒に頬を撫でて消えていく。
 ついこの間まで誰も彼も半袖シャツ姿だったというのに、今は走り込みに出るにもパーカーが欠かせない。
 あと二時間ほどで日付が変わるというのに心臓だけはまだまだ走り足りないと訴えてくる。
 今夜はセブンの都合で公園での練習を早めに切り上げた、そのせいかもしれない。

 いつも折り返す公園を横切って三分も走るとすぐに見慣れない景色の中に出た。
 住宅街などどこも似たような風景だし夜闇の中だというのに見慣れた地区との差をこんなにも感じる。心なしか空気の匂いも違う。
 静まり返った道の向うから走ってくる人影も少しだけ不気味に見えた。

「あ」
 ちょうど街頭の明かりの下に踏み込んだところで微かに声が聞こえて相手が足を止めた。釣られて立ち止まって目を凝らす。
 あまり距離はないが自分が明るいところへいるせいで相手の姿が余計に暗く見えた。
 その間に相手が大股歩きで距離を詰め、
「よう、駆」
 同じ淡黄色の明かりの下に入った友人を見上げる。
「日比野」
 以前にもランニング中だった彼と偶然会ったことがある。
 当時は日比野の膝の怪我を巡ってわだかまりが残っていたせいで少し話したきり喧嘩別れのような形になってしまったけれど。
「こんなところまで走ってんのか?」
「今日だけだよ。今日はセブンとの練習が短かったから…」
「俺もさっきまで部の先輩からの電話で捕まってていつもより遅く出てきたんだ。」
「偶然、だね」
「ああ」
 心がくすぐったくて顔を見合わせて笑った。

 短い会話の後に二人並んでゆっくり走り出した。
 日比野に酷い怪我を負わせてから四年、試合を通して和解したといってもすぐに元通りというわけにはいかず、まだ少しだけぎこちない。
 毎日一緒に駆け回った小学生の頃は曖昧だったお互いの境目が、離れている間にくっきりとした輪郭を持ち、今更再び触れ合おうとしてもくすぐったくて戸惑ってしまう。
 わけもなく頬が震えるのは日比野も同じようで、時々妙な沈黙が生まれる。それも怖いわけではない。
「日比野は毎日この辺を走ってるの?」
「ああ、今はこの近くに住んでるんだ。」
「小学校の頃より離れちゃったね。」
「ランニングコースが被る程度の距離だから大したことねえよ。」
 ちょっと走ればすぐそこ。
「へへ」
「なんだよ」
「何でもない!」
 記憶の奥で自宅の玄関にランドセルを放った幼い自分が走っていく。
 何度も遊びにいった日比野の家までの道はもう何年も遠っていないけれど。脇の生垣から顔を覗かせる犬や道端の雑草の花の色や晴れた空に浮かんでいた雲の形まで、やけに細かいことまで思い出せる。
「…またこうして喋れるのが嬉しくって」
 息が弾むのと同じリズムで言葉が弾む。
「……ああ!」
 ちょっとの間。不自然に音量の大きい返事が照れを伝えて笑った。
 肘をぶつけて肩をぶつけて、声を潜めてはしゃぐと小さい頃の内緒話みたいだ。
「それにしても、毎日美島との練習の後に走ってんのか?オーバーワークには気をつけろよ。」
「うん、でも、走らないと落ち着かないことがあって…」
 拳を緩く開いて心臓の上に当てる。

「兄ちゃんがそうしたがってるみたい…」

「に。」の代わりに「わっ」という間抜けな声が出た。
 急に腕を強く掴まれてよろける。
 一歩分後ろで立ち止まった日比野の頭上から街灯の明かりが注いで顔の彫りを深く見せた。
「どうしたの、日比野。」
 走っている間は表情なんか見ていなかったけれど、きっとこんな風に苦い顔はしていなかったと思う。
 荒く吐き出される白い吐息を冷たい風が押し流していく。
「もう、帰ろう。」
「でも…」
 体は、心臓はまだ走るつもりでいる。
「時間も遅いしもういいだろ、今日はもう帰ろう。」
 怒声や強制するような強い口調ではなかった。腕を掴む手もすぐに振り払えた。
 それでも眉間にしわを刻んで真っ直ぐ見据えてくる目が否とは言わせなかった。
「…うん」

 日比野は家の近くまで送ると言って譲らず、並んで歩いて帰った。パーカーを着込んでいても歩き始めると風にさらされた肌から冷えていった。
 往きより時間をかけて家に辿り着く頃には体を動かさねばならないような衝動もすっかり収まって、代わりに右半身がざわざわした。
 歩道のない道で一台の車とすれ違い、避けた拍子に右側を歩いていた日比野を掠めた拳をパーカーのポケットに入れた。
 家の前で送ってもらったお礼を言ったらデート帰りの女の子みたいで恥ずかしくなった。
 日比野が笑い飛ばしてくれるのを期待したけれどどれだけ待っても軽い笑い声は聞こえてこない。代わりに深い溜息を残して日比野はあっさりと帰っていった。
 一度背を向け振り返ると飛ばし気味に駆け出していた。
「ずるい…」
 もう一度出掛けてくたくたになるまで走りたい気持ちを押さえて玄関を開ける。
 これは兄の心臓のためじゃない。
 何故だか確信を持ってそう思った。
作品名:夜道を走る 作家名:3丁目