初花凛々
『イオン様…秘密を守れますか?』
それはいくつかの秘密が相まって出来た、ちょっとした行き違いの結果だった。
結果引き起こされた騒動の数々は、やっぱりちょっとした行き違いのお陰で片端から収まる所へ収まって、無事収束へと向かっていきつつある。
取りあえず、目に見える範囲はあと一つ。
今日も今日とて天気は快晴。
アカデミーのとある一角。普通であれば訪れるもののいないであろう場所、屋根の上に小柄な人影が二つ。
*
「えー!?それじゃロロットってユーレイだったの?」
「はい、そう仰有ってましたよ。フィナーレのパヴァーヌの時、白い光になって昇っていったと」
「そうなんだ…。私フィナーレの時いなかったから判らなかったなー」
「・・・本当にその節は申し訳ありませんでした・・・」
例の行き違いを思い出してしまったのか、ずーん、と再び沈んでしまった小さな肩を振り返って、慌ててイオンは両手を振って否定した。
「五十四さん、もういいって。平気!」
第一彼女自身も知らなかったことだし、誰にも言えないと泣きついたのは自分の方だったから、彼女には何ら責任なんてないのだ。
それに・・・。
ほにゃん、と淡く頬を染めたイオンを見上げて彼女は小首を傾げた。
「それに、そのお陰で良いことがあったし…」
「良い事、ですか?」
「うん。…あのね、カイルが来年の星蹄夜、今度こそ踊ろうって!」
思い返せば恥ずかしい記憶でもあるのだが、(しかも後で思い返して慌てたのだが、お姫様だっこまでされてしまった!)彼は来年までに姫のステップを覚えるよとまで言って笑ってくれた。
その気持ちが、とても嬉しい。
「・・・だからね、ちゃんと来年までにダンス覚えようと思って!」
全開の笑顔に、縺れていた感情が解けてくるような気になる。
良かったですね、と返しながら一つ気になっていたことがあった事を思い出した。
「イオン様、それじゃフィナーレは何処で?」
「あ」
「・・あ?」
内緒ね、と言い置いてイオンは決まり悪そうに笑った。
「…ここにいたの。六甲と一緒にブランル踊ったの」
「ドレスのままでここまで上がったんですか?」
「えへへへ・・・」
確かに話してる今もこうしてるし、イオンの身の軽さは折り紙付きだ。・・・けれど良家のご息女がドレス姿で屋根の上なんて・・・。
思わず溜め息が出ても仕方ないだろう。
「・・・誰かに見られたら大騒ぎになる所ですよ?」
「降りる時は六甲と一緒だったから大丈夫だったんだけど…」
誤魔化すように笑う顔は、兄によく似てる。
まったく。
こんな屈託のなさも彼女の魅力ではあるけれど。
六甲も大変ね・・・。
先程までの騒ぎの折りに、うすーくなって項垂れていた兄妹の護衛を思いやって、もう一度深く息を付いた。
*
「…そろそろ戻りましょうか」
声を掛けたのにイオンは頷いて立ち上がった。
風に煽られて裾を翻すスカート抑えながら、ふと何かに気付いたようにイオンは振り返った。
確かめるように辺りを見回す。
「・・・五十四さん、もしかしたら私、ロロットに会ったかもしれない」
「え?」
「フィナーレの時、ここで。六甲と一緒に」
足下からフワリ、と染み出すように現れたきれいな白い光。
故郷で見た蛍の淡い光に似た、それよりもっと淡く綺麗な。
「白い光はそのまま天に昇ったの」
あの人、迷わずに辿り着けたかな。
そう呟いて振り仰ぐ瞳は、澄んで空を映す。
とても綺麗な、ハシバミの。
――――愛される子だ。
「・・・ええ、きっと」
何からも愛され、護られる子だと。
唐突にそれだけ思った。
「…五十四さん」
「はい」
「・・・お兄、最初から判ってたのかな」
ロロットの事。
「どうでしょう。そこまでは仰有ってませんでしたけど、DX様の事ですから」
「ん…」
振り返らずにイオンは僅かに頷いたようだった。
「多分ね」
兄は判ってたんじゃないかと思う。最初から。
色々とムズカシイ兄のパートナーなってくれて有難う、と告げた時にはにかむように笑った笑顔。
そして円舞を綺麗だと言って泣いた彼女を思い出す。
…兄にはさみしい人の声がよく届く。
彼女の残した複雑な想いの形を判らなくても、銀蹄夜への憧れを、行きたいのなら行けばいい、ときっといつものように容易く手を伸べて。
銀蹄夜に彼女は消えてしまった。
光となって昇った、と言ってた。
きっともう図書館の裏の淋しい泣き声の噂はなくなるんだろう。
「あーあ、なんだかなー…」
こういう時、お兄にはかなわないなーって。思って、ちょっとくやしい。
そう言った彼女は、それでも少し誇らしげだった。
こんな事言ってたなんてお兄には内緒ね、と断ってくるのが可愛らしくて笑って約束を交わした。
行きましょう、と呼び掛ければ、向日葵のような笑顔を向けてくる。
・・・ああ、本当に。
「今日は竜胆様は何やら寮で集まりがあるとかで」
「そういえば、お兄も何か晩御飯出てこれないから六甲と行けって」
「それでは折角ですし、ご一緒してもよろしいですか?」
「勿論!行こ、お腹空いちゃった」
ここに、この場所に来るまで、何の衒いもなく、そんな笑顔を向けられるようになると思った事はなかった。
彼等のような存在は、これまでの常識に縛られた人の間ではかつてなく、得難いものではあるのは判っていたけれど。
あの方の側に、貴方達のような存在がいて、良かった。
心からそう思う。
だから、どうか。
これからも、竜胆様の側にいてさしあげて下さい。
心の中でだけ頭を下げて、そっと笑い返した。
ちなみに。
朝の待ち合わせに現れなかった兄を探して、いつものように兄の部屋に潜り込んだ妹が起こした騒ぎで、更なるもう一騒動が巻き起こるまであと一日。
賑やかな週末のはじまりだった。
Fin