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振り向いて、俺を見て

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「あの軟弱坊ちゃんの何が良いんだ! 本当にお前は趣味が悪いぜ! ははははは!」
 胸を反らしいかにも俺は偉いと目に見えるポーズを取りながら、プロイセンは馬鹿にするようにそう叫んだ。
 しかし次の瞬間、土の上に自信に満ちあふれていた顔面打ち付け、そこら中に聞こえるほどの叫びを上げる。
 そんなプロイセンの背中を踏みつけたのは、怒り心頭の女傑ハンガリーだった。
「何ですってぇ……! 私の前でよくもそんなことが言えたわね!」
「痛ぇ! 背骨ごりごり言ってる――!!」
「あーら、じゃあ恥骨の方が良かったかしら!」
「ぎゃ――――!!」
 踏みつけられて骨が奇怪な音を立てる。
 よっぽどの衝撃でもなければ壊れそうにない骨が今まさに折られようとしていた。
「いい加減オーストリアさんにイチャモン付けてつけ回してストーカーするのは止めなさいよこの粘着質! 気持ち悪いのよ!」
「あの坊ちゃんの名にが良いんだかなっ! ただの軟弱野郎だぜー!」
「こんのうざぎ目!!」
 ハンガリーは女と思えぬ力で俯せになっていたプロイセンを仰向けに転がすと、その上に勢いよく馬乗りになる。
 臓物が飛び出そうだ。
「あんたなんかにオーストリアさんの美しさや麗しさや受け受けしさがわかってたまるもんですかー!」
「わかるかー! 特に最後のが理解できん!!」
「何でわからないのよこの馬鹿!!!」
「どっちだテメー!!」
 そのままハンガリーはプロイセンの首根っこを掴むと、大きく上下に振った。
 プロイセンは地面に頭を打ち付け、あまりの衝撃に意識朦朧。
 それでも何とかこの世にしがみついていれば、気が収まったのかようやくハンガリーがプロイセンから離れた。
 自分に掛かっていた重みと弾力が離れることで、ハンガリーの腰から太股までの感触を今更ながらに知り、青少年として誇るべき反応を示しそうになる。
 プロイセンは慌ててゴロリと俯せになった。
 何とか大丈夫そうだ。
 ハンガリーの方は出会うなり失礼なことを言ってきたプロイセンのことは放置して、早々にこの場から立ち去ろうとしている。
 だが、ここで逃がすわけにはいかない。
「ちょっと待てっ!」
 プロイセンは起きあがると、みっともないくらいに付いた砂埃を払いもせずハンガリーの後を追う。
 頭を打ち付けた衝撃で真っ直ぐ走ることが出来ないが、とにかく速く手足を動かしていると、紆余曲折しながらもハンガリーに近づけた。
「そんなに良いんだったら俺にわかるようにオーストリアの魅力とやらを説明してみろっ! どうだ、できるかっ! 俺がしっかり納得できるまでだからな! 時間が掛かるだろうから、まぁ、そこらでお茶しながら聞いてやっても良いぞ! どうだ感謝しろ!」
 プロイセンにとっては実はこここそ今日のメイン。
 言い切った直後、先ほどは身の危険を感じてバクバク鳴り響いていた心臓が、違う意味で早鐘のようになり始める。 
「嫌よ」
 ところが顔を赤める暇も与えぬハンガリーの速攻。
 プロイセンは予定外の反応に慌て戸惑った。
「な、なんで、説明できないんだ! 所詮は上辺だけの付き合いか!? おい、ハンガリー、聞いてるのかハンガリー!」
「……」
 相変わらず早足のハンガリーの周囲をグルグル回りながらプロイセンは食い下がる。
 もう彼女の眼中に自分が映っていないのはわかっていたが、それを認めるのが悔しかった。
 オーストリアを餌に巻けばもっと乗ってくると思ったのに大失敗だ。
 彼女の長い髪が歩調に合わせて揺れるのを眺めて、その髪の一房さえ触れることが出来ない自分が嫌になる。
 だが、そんな弱気な自分を認めるのも嫌で、更に声を張り上げた。
「ハンガリー!」
 せめて振り向いて欲しい、そんな乙女な願望が支配したその瞬間だ。
「……気安く呼ばないでよ!」
 自分の望み通り振り返った彼女は、眼光鋭く鬼神のような表情を浮かべていて。
 滲み出る殺気に「ひっ」と上擦った声を上げて足を引いたが、彼女はそれを追うように足を踏み出し拳を握った。
 ハンガリーの裏拳が轟音を立ててプロイセンの顔に迫る。
 命の危機を感じたプロイセンは、反射的にハンガリーの腕を掴みそれを止めた。
 拳は鼻先3㎝でギリギリ止まったが、拳が作った風がプロイセンの髪を揺らす。
 恐ろしい。直撃していたら鼻を折っていたかも知れない。
 顔が青ざめ冷や汗が流れるが、弱気な顔を見せたくなくて、彼女の手をパッと離すとまた偉そうに仰け反った。
「きょ、今日の所はこれで勘弁してやるっ! じゃあなっ!」
 格好良く見せるには醜態をさらしまくったが、なんとか表情だけ作ると、プロイセンは一目散にその場から逃げ出す。
 それから、振り返ることも出来ずに走り続けて、額の汗が零れた頃、ようやく足を止めた。
「くそ、くそ!」
 どうにもこうにも上手く行かない。
 自分が理想とする方面に事が流れない。
 いつも彼女の視線が彼に向いているのは承知の上だから、それを逆手に取ってやろうと思ったのに、まともな会話一つ出来ないじゃないか。
 まともな会話を望むのであれば話しかけ方から注意すべきと言うことは頭になく、策が尽きたとばかりに崩れ落ちる。
 しかし諦めの悪さと、執念深さだけは人一倍だ。
「覚えていろよ、ハンガリー……! その内俺と笑ってお茶をせずにはいられなくしてやるからなー! はは、ははははは! 今に見ててくれ親父――!!!」
 握った拳を天に突き上げ、フリッツ親父に誓いの言葉を叫べば、どこからともなく「そんな事を私に誓うのはおやめなさい」と声が聞こえた。

「……何よ」
 もうとっくに消えた彼を振り返って、ハンガリーは溜息をつく。
 視線を落とせばハンガリーの色白の細い手首があって、そこにはくっきりと指の痕が残っていた。
「本当に格好悪いわ、あいつ。オーストリアさんみたいに知的じゃないし、優雅じゃないし、魅力的じゃないし、受け受けしくないし、何もかもが正反対」
 プロイセンが傍にいるときには颯爽とした歩みに揺れていた長い髪が、今は背中にもたれ静かに休んでいる。
 なかなか歩き出すことが出来ず、ハンガリーはもう一度だけ赤くなった手首を見つめ、
「強いクセに、何私にボコられてるのよ」
 と呟いた。
作品名:振り向いて、俺を見て 作家名:toowa