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足跡もない

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堕ちた世界。
彼の世界は光に溢れていたかと言えば答えは否。
彼が今の彼である事を選んだ時、その光は褪せた。
しかし。その心の焔だけは褪せる事無く尚輝き燃え続けていた。

なのに。
今の彼の世界は暗闇と冷気に覆われている。
あの炎も微かに爆ぜる程度。
蹲って世界を拒絶する彼。
表の世界ではそんな素振などして居ないから、変だと思って来てみればやはりそういう事か。


【足跡もない】


いつもの彼からは考えられないこの闇の中。
骸はゆっくりと彼に近づく。

「流石と言うべきですか?」

俯く彼に話かける。
返事は無いが、聞こえてはいるはずだ。

「彼が死んだと聞きました。」

ピクリと反応する体。

最強のヒットマンが死亡したと言う話はガセかと思ったが、彼を見る限り真実なのだろう。
それでも表向きの彼は冷静に見えた。
毅然とした態度に的確な指示。
流石は最強のヒットマンの教え子と言った所か。
だが、一皮向けばそれは全て虚勢にしか過ぎなかった。

この冷え切った世界の溢れるのは嘆きや悲しみ、後悔に悲痛な叫び。
泣く事すら出来ない彼の悲鳴。

いつも前を向く彼から随分かけ離れたその姿に胸が痛む。

「オレはさ・・・・。」

「オレを殺すのはリボーンだと思ってた。」

波紋のように静かに静かに広がるその声。

「オレをボンゴレ10代目にしたのはリボーンだ。そしてボンゴレ10代目のオレを沢田綱吉に戻してくれるのもリボーンだ・・・。」

「・・・・・・・」

「でも・・・・・先に逝かれちゃった。」

自嘲するかのような笑顔。
まるで置いて行かれて途方に暮れる子供のようだ。

「貴方は・・・・死ぬつもりですか?」

「アイツを追いかけて?冗談。そんな事したら、俺はアイツに殺されるよ。」

死んで殺されるも何も無いかと苦笑する彼だが、骸には笑えない。
逆に冷める眼差しに、綱吉は笑うのを止める。

「お前ってやっぱ不器用だよな。」

「あなたに言われたく無い」

「そうだな。・・・そろそろ時間だ。」

「いくんですか?」

「・・・オレは、最強のヒットマンに育てられたボンゴレ10代目だから。」

その言葉は憂いを帯びて居ながらも誇らしげで、アルコバレーノから貰った全てを慈しんでいるように骸は感じた。
この悲劇の中で大切に大切に抱くその想い。
絶望の世界の中で再び灯ったその焔。


「・・・・沢田綱吉。」

「・・・・ボンゴレだよ。骸。」


ああ。彼は死んだのだ。
今骸の目の前に居るのは、大嫌いなマフィアのボス。
それだけ。

「もっと早くにそう言ってくれてたら、僕は迷わず貴方を殺せた。」

「うん、ありがとう骸。」

なのに。
感謝を述べるその顔は、沢田綱吉のものだなんて、なんて卑怯。
きっと自分はこの温かい炎に包まれる彼を忘れることは出来ないのだろう。
炎上する炎は彼を飲み込み、やがて嘘のように消えた。
再び訪れる暗闇。
今この場には自分しか居ない。
結果が解り切っていても、骸はこの場に二度と彼が訪れる事の無いようにと祈る。


「次に逢う時は、ゆっくりお茶でもしましょう。」





瞼の裏には眩しい位の光。
意識の浮上。
痛み・苦痛・熱感。
全身を常に駆け抜ける電気信号にそれを起こす発痛物質。
血管拡張・白血球から吐き出される炎症物質。
危険信号だなんて、もう解りきっている。


きっとアレはそんな自分を面白がりながら見て、そして直ぐにこの光の世界へ自分を突き落とすのだ。
自分を痛めつけるだけで、殺そうとしないのもただの気まぐれ。
ならば、その気まぐれに乗ってやるだけだ。


自分以外誰も存在しない部屋で思いを馳せるのは、意識の底にあり続ける彼と、勝手に付随してくるその家庭教師。
彼等は文字通り番であった。
僕と彼が出会ったその時既に彼等の絆は深く深く繋がっていて。
入り込める余地など無くて。
でも別に良かった。
想い合う仲になれるなんて思ってもいなかったから。
ただ、そこに在り続けて居ればそれで良かった。
しかし。
地上に撒かれた毒により、彼の番は死んでしまった。
彼を置いて逝ってしまった。
彼は番を失った。
彼を生かし、彼を殺すであろう番を。
組織全てのモノである彼が唯一彼としていられた者を。
だから、彼は沢田綱吉としてでは無く組織の頂点として最期を迎える事を選んでしまったのだ。
言うならば、彼を殺したのは僕等なのかもしれない。


彼を殺した奴等が憎い。
だがそれ以上に守りきれなかった自分が憎い。
空を守れないで何が守護者だ。
護るべき空亡き今、直ぐにでも辞めるべきこの名・・・・。
だが。まだ名を返上する訳にはいかない。
いかなくなった。


奴等の狙いなのか、過去の彼がこの時代へとやって来てしまった。
現在の彼だけでは足りず、過去の彼まで喰らわせるなど到底許せる事では無い。
だから。
自分は此処に居る。
ただの当て石に過ぎなくても、彼を生かす為なら、その内の過程になれるなら・・・。
地を這うのなんて今更だ。
痛みも苦痛も屈辱も、何時の生でも着いて来る。
この程度、何て事無い。
軟禁状態だろうが、まだやりようはある。
檻の中で大人しくしているような可愛い性格でも無いのだから。

「あ。骸くん起きたんだ?」

開く世界。広がる白。
さぁかき集めよう。
今度こそ君を守るその為に・・・・。




Fin.

作品名:足跡もない 作家名:ナツ