とくに変わったことの無いある日の話
「なんか面白いことないのかよ……」
フランシスがぼそっとつぶやく。と言われても我輩も困る。そもそもどのような面白さを貴様は求めているんだ。
「面白いことって何だ、一体」
「UFOがやってきたりとかさ、そういうの」
「映画じゃあるまいし……映画でも見たらどうだ」
「俺はさー、実体験したいの。実体験。つーか今日も起きて着替えて朝飯食って仕事して昼飯食って仕事して夕飯食って風呂はいってセックスして終わりだろうが」
セックスして、とフランシスが言った瞬間チャリンという音がした。クララがスプーンを落とした音だった。赤面して固まっている。
「こら、貴様……人前でなんてことを」
「なんてことをって?」
「クララが困っているではないか、全く。これだからフランス人は困る」
とにかくシチューを頬張る。うまい。
「お兄様、そのブーツかっこいいですね。暖かそうで」
「フランシスが我輩に買ってくれたんだ」
寒いだろう、といってフランシスが渡したのは腿丈のブーツ。女物ではないらしい。確かに暖かいが、なぜこんなものを。
「俺もおそろいの持ってるぜ」
なんとかさきほどの際どい話からそらせることができたようだ。
「それにしてもさ、クララ……平凡だと思わない、この生活」
「でも、楽しいですよ」
「いや……でもさあ、これがもし物語したらつまんないだろう。誰が起きて着替えて朝飯食って仕事して昼飯食ってまた仕事して夕飯食って風呂はいってセックスしてから寝るって話をおもしろいと言うんだ」
「フランシス、馬鹿者! 最後の二つ目は省略しろ。クララになんてことを言う」
「クララも子供じゃないだろう。べつにいいじゃないか」
「そういうことは公衆の面前で口出ししないのが礼儀と言うものだ」
「セックスの一語で騒ぐなんてお前小学生かよ」
「それ以前に、親しいもののそういうことは想像したくないものだろう」
「ということは、クララとドイツ人の彼氏とか」
「お馬鹿! ああもうこのお馬鹿! お馬鹿さん! お前はローデリヒを見習え。慎むんだ」
「分かったよ、大切な義妹に兄のそういうことは想像させたくないもんな。ごめんな、クララ」
「さきほどのことを一般論としたら、それほどおもしろい物語ではないかと」
「ほらみろ」
わざわざフランシスは舌を出して言う。ああ、癪に障る。
「実際に宇宙人がやってきたら大変だろうが。フィクションの世界ならいいが、現実だったら大変だぞ。もしこの牧場にUFOが落ちて宇宙人がやってきたとしよう。まず警察がやってくる。そしてマスコミがやってくる。我輩たちは質問攻め。寝る暇もない。もしかしたら宇宙人と地球規模の戦争になるかもしれない。我輩は平和な方がいいと思うが」
「私も平和な方がいいです」
「でも毎日起きて着替えて朝飯食って仕事して昼飯食って仕事して夕飯食って風呂はいってセッ」
「それ以上はいい。毎日セックスはしてい……うわぁぁぁぁ我輩は何を! 毎日なんて疲れるにきまってるってクララ……今のはきかなかったことに」
「フランス人の方は、情熱的ですね」
「フランシス、お前……ローデリヒをみ」
「何だよ、だったらローデリヒとつきあえばよかったじゃないか。慎み深い彼氏さんで良かったじゃないか」
「別にそういう意味じゃない。ただ例をあげただけだ。よく考えなくても、地球上の大半の人間は貴様がさきほど言っていた生活を毎日送ってるのではないのか」
「そんなことない。毎晩パーティーしたりとかさ」
「貴様は毎晩パーティーがやりたいのだな」
「いや、宇宙人が降ってきて欲しい。羊が皆人間になるのもいいかもしれない。人間の女の子になったメスの羊は俺を無理やり襲うの。でも子供できない」
「浮気は禁止だー!」
ぐりぐりと両拳でこめかみを押してやる。
「お兄様、やめてください」
「クララ、ギルベルトに浮気されたらどう思うか?」
「嫌です」
「ギルベルトが宇宙人の美女に大勢襲われたいって言ったら」
「そんな……嫌です……ギルベルトさん、私を…… 捨てないで」
「我輩の気持ちが分かるだろう」
「はい、とっても。フランシスさん。浮気はいけません」
「ああ、どうしたらいいものか。こやつの浮気をさけるためには」
「結婚したらどうです」
「確かに男同士でもこの国なら結婚できるな」
「俺はそういう制度には縛られたくない」
「言ってみれば今のままでは貴様と我輩は他人同士だ。もし我輩が死んでも葬儀には参加できない。しかし結婚したらそれができる」
「ちょっとハリウッド映画っぽくなったような気がします。そういうテーマありますよね」
「たしかにあるな。このままいけば宇宙人の放浪者が家を訪ねてくるような気がしてきた」
「調子に乗るな。しかしだな、知り合いに国際結婚しそうな者が多いのもそれっぽい」
「でも今日は平凡な、小説だったらつまらない日じゃないのか」
「同じような内容がブログにアップされていても馬鹿らしい、と一瞥すると我輩も思う」
ああ、なんだか馬鹿馬鹿しくなってきた。
「シチュー、冷めないうちに召し上がってください」
シチューを飲み干してパンで綺麗にする。お腹いっぱいだ。うまいが、特に高級と言うことも無い食事。実に平凡な一日、だと思う。
作品名:とくに変わったことの無いある日の話 作家名:François