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きみが笑えば、世界も笑う

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「お前、出身埼玉なんだ?じゃあ同郷だな」

嬉しそうにその人は云った。
同郷、という古めかしい言葉が彼の口から出てきたことに帝人は思わず吹き出してしまう。

「え、俺なんか可笑しなこと云った?」

彼は心外そうに、しかし特に怒った様子もなくただ口を尖らせる。


「すみません、つい」
「つい、って何だよ」
「何でもないですよ、本当に」

もう一度、すみません、と云って帝人は口角を上げる。千景は納得していない様子だったが、それでもそれ以上は何も云わなかった。
古いアパートの小さな部屋。何があるわけでもなく、むしろ何もないと表現した方が適切な殺風景な一室を千景はぐるりと眺める。
部屋に足を踏み入れた千景が最初に発した言葉は、「お前、本当に1年もここに住んでんの?」だった。確かにそう疑われてもおかしくないくらい、生活感のない部屋かもしれない。ずっと住んでいる帝人にとってはもう当たり前の光景なので良く分からない。

千景に向かい合う位置に帝人は座っている。家に帰る途中に立ち寄ったコンビニで買ったペットボトルとパックジュースが二人の間に置いてある。千景の視線は部屋の隅のパソコンに止まり、帝人はその横顔を見つめていた。そして少しだけ困ったように笑い、目を伏せる。

初めて千景に会った時、彼は顔に包帯を巻いていた。あの平和島静雄に喧嘩を吹っかけて殴られたのだと聞いたのはそれからしばらく経った後で、あの痛々しい怪我はそのせいだったのかと納得すると同時に、よくもまあその翌日に門田と喧嘩できたものだと感心した。今はその包帯も取れ、怪我の跡も殆どないように見える。
もう痛みは引いたんですか?訊ねた帝人に、まだ痛てえよ、と苦々しげに千景は答えた。それでも早々に包帯を取ってしまったのは、「俺の彼女たちが俺の顔を見れないのは可哀想だから」という理由らしい。「ああでも包帯巻いたろっちーも良いって云ってくれる子も居たんだけどなー」訊いてもいないのに彼は続けて云った。
千景が彼女たちと呼ぶその相手は、言葉の通り複数の女の子を指すことを帝人は知っている。彼女彼氏という存在は一対一で成り立つものなのではないかと千景を非難したこともあるが、千景は全く悪びれた様子もなく、「え、でも誰が一番とかじゃなくて、みんな愛してるんだよ」と笑った。「その感覚は全く分かりません」帝人が呆れて云うと、千景は意外にも困った表情になり、「まあ・・もしかしたら誰か一人に本気になっちゃうのが怖いから、かもしれないよな」と、笑みを切なげに変えた。
その話を聞きながら帝人は、まるでデジャヴのような錯覚を起こす。それは今は傍にいない、大切な幼馴染のことだ。千景が語る地元の話は帝人にも馴染みのある話題が多く、その親近感も幾分か影響しているのかもしれない。幼馴染と共通点の多い千景との会話は楽しくて、そして、同時にひどく苦しかった。
そもそも、どうして千景が帝人を気にかけてくれるのかよく分からない。


「泣きそうな子がいたら手を差し伸べる。泣き出してしまったら抱きしめてやる」

以前訊ねた帝人に、千景は迷いなく云った。

「当たり前だろう?」

その言葉を聞きながら帝人は、なるほど、通りで女の子にモテるわけだと納得した。





「なあ、池袋はそんなに楽しいか?」

唐突な千景の質問に帝人は何も考えず、反射的に「え?」と顔を上げる。するとすぐ傍に千景の顔があって、いつの間にこんなに近くに寄られたのだろうと帝人は混乱する頭で必死に考えた。慌てて身を引こうとするが、それより早く千景に後頭部を押さえられて身動きがとれなくなる。

「あ、あの・・」
「お前さ、こっち来てから一度も埼玉帰ってねえだろ」
「家に帰っても別に・・することもないんで・・」
「池袋にいた方が面白い?」
「それは・・そう、だと思います」

「じゃあさ、」

千景に至近距離でじいと見つめられ、帝人は思わず視線を逸らす。室内ということで千景はトレードマークのスワローハットを脱いでいたが、もしそれがいつも通り彼の頭に乗っていたなら、鍔部分が帝人の額に当たっていただろう。そのくらいの距離で、千景は囁く。

「なんで、んな顔すんだよ」

「そ、んな・・顔?」

「辛そうな顔」

してないですよ、反論しようと帝人は視線を千景に戻す。

「してるよ」


少しだけ早く千景の腕が帝人の背中に回った。
とくん、と心臓の音がしたのは、どっちだったのだろう。帝人の情報処理能力は明らかに低下していた。どうしてこういう状態になってしまったのか、必死に考える。考えるそばから霧散していく。千景の言葉が蘇る。「泣き出してしまったら抱きしめてやる」彼は確かにそう云っていた。頭が締め付けられるように痛む。ぎゅうと目を閉じて、開く。そしてようやく帝人は口を開く。

「あの・・」
「ん?」
「なに、してるんですか」
「抱きしめてます」
「こういうのって・・普通、女の子にしませんか」
「女の子にしかしちゃいけないという決まりはない。まあ、普段は女の子限定だけど」
「じゃ・・」

「例外」

耳元で囁かれたその言葉はひどく優しくて、心地良かった。

「帝人は例外。だからいいよ。そのために来たんだ」

彼の言葉はまるで一言一言水面に投げるようだった。波紋が広がるように、静かに心に沁みこんでくる。

「放っておけなくて、だから来たんだ」

その言葉を聞き終わる前に、帝人は最後の抵抗をやめた。必死に握っていた思考を手放す。ばらばらと崩れ始めたそれらを止める術を、帝人は知らない。いつまでも双眸から零れ落ちる。枯れてしまうまで流れ続けるのだろうか。それは一体いつになるだろうか。ずっとずっとこのまま止まらなくても、千景はこうして傍にいてくれるだろうか。不安ばかりが膨らんだ。だがそれを言葉にする余裕もない。




「大丈夫だよ」


彼は云った。

それは一体何に対する言葉なのだろうと帝人は思ったけれど、それすらも包み込むような千景の温かさに、帝人はただ黙って双眸を閉じる。



作品名:きみが笑えば、世界も笑う 作家名:けい