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誘りの言の葉、憎きは受け入れし此の身

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雨が、体温を奪っていく。
流れ出た血液は赤く、けれど雨がその色をも奪っていく――…。
蹲った肢体は、反比例するかのように白く白く澄んでいく。
…最後に向けられたのは、いつかの記憶で向けられていた…、憧れの色ではなく。
湛えられていたのは、激情の色。激しい憎悪を剥き出しにした、手負いの獣の瞳。
向けられた視線を思い出してほんの少し柳眉を寄せてから、シキは落としていた視線を上げた。

別段、何も思わない。
人を殺すことも。殺めた相手が例え、肉親だとしても…。
憎まれたとて、微塵も感情の揺れはない。それは、相手が違うからか。
…ふと脳内によぎった顔を思い出して、ふとシキは表情を緩めた。
冷たく、白くなっていく肢体を見下ろしていた時の感情の読めない、冷徹な色を湛えた赤い瞳ではない。
今シキの瞳に浮かぶのは、新しくお気に入りの玩具を見つけた子供のそれと、何ら変わりはなかった。

なぜ、と問われれば…、おそらく答えなどない。
ただ気まぐれに、思い立って連れてきただけに過ぎない。
弱いくせに吠えるその姿が、反抗し続けるその気位の高さが…目に留まっただけだ。
それ以外には何もない。あえて言うなら、目の端に映るその姿が、目障りだったというのもある。
だが…、ただそれだけだ。
気位の高い黒猫のように、鋭い眼光で睨みつけてくる。その瞳に、混濁した色を見受けられなくて…興味を惹かれた。
このイグラに参加して、ラインを使っていない人間なんて逆に見受けられないものだ。
誰もが強みを目指して強さに飢えて、ラインに走る。
憎い、アイツの血。忌まわしい記憶を引きずりだされて、虫唾が走る。
自分の弱み、唯一の汚点。それを知られたかと、トランクを持っていたアイツを見て、一瞬心がざわついた。
なぜあの二人に接点があるのか、それは知らない。知ろうとも思わない。
けれど明らかに俺が気にかけていたことを知っていての、人選。悪趣味にもほどがある。

だからだ、より一層…あの気位の高い弱いくせにプライドだけは守り切ろうと足掻く、その姿を愉しんでやろうと思ったのは。
憎めばいい、殺意の、憎悪の、卑下する瞳で俺を見ればいい。そして、歯向かってくればいい。
落ちそうになっているのに、それでも抗って…抗って…。
最後まで、最後に堕ちきるその瞬間まで、認めずにいればいい。俺に堕ちたなどと、認めずに感情のない交ぜになった瞳で、見上げてくればいい。

喉の奥で、クッと軽い音がする。
表情に変化は、一切ない。冷たさを感じるほどの赤い瞳で、ただ落ちてくる雨滴を映すだけだ。
下ろしていた日本刀を持ち上げ、すっかり濡れそぼった刀身をうっそりと瞳を細めてみやる。
そんな仕草でさえ、絵になる。絵を切り取ってきたかのような、非現実感。
雨に濡れた刀身は、既に纏っていた赤を拭われ…元のように鈍く鋭い輝きを放っていた。


まだ、あの部屋にいるのだろうか。穿たれた証を、感じながら。
浸食されていく、じわじわと。身体だけでなく、思考すらも。穿たれた証から、ゆっくりと。
赤き血潮が身体を巡るのと共に、自然に…けれど確実に。
逃げようともがいているのだろうか。それとも、既に我が手中へと堕ち始めた身体は、意識とは裏腹にあの部屋に縫い付けるのだろうか。
どちらでもいい。どちらにせよ、自分の愉しみは失わずに済む。
逃げていれば、泣き叫ぶその表情に恍惚を感じながら…肉に刀の沈む感触を愉しめばいいだけのこと――…。
部屋に残っているのだとすれば、既に我が物と同じだ。離さずに、置いておけばいい。
…そうして、欠片だけでも残っている、思考すらも埋め尽くしてやる。


チン、と軽い音をたてて刀が鞘に収められた。
瞬間、黒いコートの裾が音もなく翻る。
完全に白に染まった細い肢体をもう目にも入れず、シキはその瞳に愉しげな色を浮かべ…歩き出した。