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狭い、狭すぎる、檻

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「ヒャハァッ、ホンット馬鹿じゃねぇのォ?」
耳につく、不快な音域の声が嫌な金属音とともに響き渡る。
ガキン、という鈍い音と、肉が割かれる音。
ときおり聞こえてくる声は、さきほどの人の神経を逆撫でるような間延びした声。
それと……、
「ヒィイッ!こ、こっちに来るな!」
怯えた複数の人間の声。
ガチャ、とときおり響く重低音は、銃を構える音か。
しかし発砲音はほとんど聞こえない。
代わりに聞こえるのは「ムダムダァ!」という叫ぶような声。
「…オイ、ヒヨォ…?なんでテメーがいるんだアァ?」

不意に、別の声が割り込んだ。
低く相手を威圧するような、そんな声。
「アァ、ンだよジジィ…?なんでだァ?
そんなモンオレが脱獄しようとしたからに決まってンだろォ!」
ヒャハァ、と再び語尾に狂気をまとった笑い声が響いた。
続いて響く音は、ガキンという何かを切り落としたような音と、悲鳴。
「タイミング悪いんだよ、このヒヨっ子ォ…!
人が脱獄しようとしたときに出てくんじゃねぇよ、鬱陶しい」
続きブン、という空気を裂く音がして鈍い金属音があたりに響く。
「うっせーな!ジジの体力じゃこいつら全員の相手なんて務まんねーだろォ!
ラッキーだったと思えよ!」
大声で会話を続けながら、グンジは脱獄した直後に回収してきた爪を振り上げる。
ここに収容される前から使い慣れた爪は、久々に嵌めても使い心地に変わりはなかった。
「…はっ、オレより弱いヒヨっこが馬鹿ほざくんじゃねぇよ…!」
呻くように絞り出されたキリヲの声。唸る鉄パイプは、自身の柵を壊したものだろうか。

ここは、刑務所。それも死刑を宣告された者たちが収容される、場所。
一般棟より警備は厳しい。それをこの二人は、ただ一人で脱獄しようとしていたのだ。
そしてそれは、各々の房を出ること、武器を手に入れることまでは達成されている。
残る難関は、ただひとつ。

【サイレンを聞き駆けつけた看守たちを相手に、殺されることなくココを出る】

警備員も含め、すでにかなりの人数が二人の暴れる場所へ集まってきている。
それなのにまだキリヲとグンジは、会話をする余裕があるのだ。
話しながら、表情を喜悦に歪めて、彼らを造作なくただの肉の塊へと化していく。
看守や警備員たちは、手に手に拳銃を持っているのだが…歯が立たない。
発砲音が響いても、その銃弾は目標に当たることはない。


しばらくして、その場にはただ二人の人間だけが立っていた。
周りには無数の、看守や警備員たちの屍がうず高く積み上がっている。
顔を上げたキリヲとグンジの表情を占めるのは、昂り。
釣り上がった口角は、彼らがそれを楽しんでいたことを明確に伝えてくる。
血に染まった囚人服は、すでに見る影もない。



「ヒャハハッ!だーから勝てないって言っただろォ?」
暫くの後、遠く聞こえてきたのは狂気にまみれた笑い声だった。


「行こうぜー、ジジ。こんな狭くてタイクツなところ、さっさとおさらばしてェー…ッ!」
顔に付着した返り血を、強引にぐいと手の甲で拭い去ってグンジは倦怠感も丸出しに言った。
「うるせぇよ…ヒヨ、命令すんじゃねェぜ…?目上のモンに対しては、なァ?」
ずるずると、血に汚れて元の色が何だったかの判別も難しくなった鉄の棒を、引きずって。
前代未聞の脱獄を果たした死刑囚、キリヲとグンジの声は次第に遠ざかって行った。
作品名:狭い、狭すぎる、檻 作家名:紫苑