あなたが笑ってくれるなら
ばたばたという騒々しい足音が響いて、続いて弾んだ声が響く。
片眉を釣り上げて、イギリスは溜め息を吐いた。
せっかくの昼下がり、いつものティータイム。
優雅に楽しんでいたかったというのに、それは無残にも妨害された。
「…騒々しいぞっ!」
バタン!という扉の開く音と同時に、口を開く。
せっかくのお茶の時間をコイツに邪魔される謂われは、残念ながら……ない。
「…で、なんだよアルフレッド」
ふぅ、と諦めにも似た溜め息をひとつついてイギリスは騒音の原因、アメリカを見据えた。
紅茶をいれたティーカップが、軽い音を立ててテーブルの上に置かれる。
イスに背を預けたイギリスは少し不機嫌そうで、アメリカは少しだけ頬を膨らませた。
けれどアメリカはさして気にする風もなく、ニコニコと頬笑みを浮かべていた。
そんな緩みっぱなしのアメリカの表情を不穏に思って、眉根を寄せるもののアメリカは気にするようでもない。
「今日はアーサーはゆっくりするんだぞっ!
このヒーロー様が今日一日、君のために働いてやるんだぞ!」
あまりに唐突で、しかしアメリカの笑顔にはどこか迫力があって。
曇りのない笑顔でそう言われて、呆気に取られる。
澄んだ青い瞳をキラキラと輝かせながら、そう言われたら…なんつーか、その。
迫力というか、その言葉の力強さに押し負けて、思わず「…お、おう」と頷き返していた。
頷いた瞬間るんるんと鼻歌を口ずさみながら走って行ったアメリカに、首をかしげる。
「……いったいアイツは何がしたいんだ…?」
冷めきったティーカップに手をのばして、口元まで運ぶ。
ごくりと小さく喉を鳴らして、紅茶を飲みながらイギリスは小さくそう呟いた。
何があって、アメリカがいきなり今日一日休んでいいと言い出したのか。
考えてみても、わからなかった。
妙に楽しそうに綻んだアメリカの笑顔。あれは昔から、何かを思いついたときにアイツがする表情だ。
だからそれが気になって、オレがなんかやったか?と記憶を辿ってみるけど。
「……さっぱりだな」
考えてもさっぱりで、仕方がないから渋い顔のままスコーンを口に放り込んだ。
ガンッ!ガッシャン!という大きな音がして、くぐもったアメリカの声が遠くから聞こえる。
その音で目が覚めて、何事かと思ってドアの方を見やればまたあの騒々しい足音が近づいてきた。
「アーサー!大量に皿が割れたんだぞっ!」
割った、の間違いだろ?と内心で思いながら仕方ねぇな、何しようとしてたんだよ、ってアメリカに聞いてみる。
「それは勿論、アーサーのところのマズイ料理は食べたくないからな!
オレが手料理ふるまってやろうと思ったんだぞ!」
返ってきた回答は、満面の笑みで告げられた。
(……お前のところの原色ブチまけたモンも食べたかねぇけどな……!)
なんて心の中で一人、悪態をついていたけれど…ホントに、アメリカは頑張ってくれてたんだもんな。
そう思ったら笑えてきて、自然と笑みが浮かんできた。
くすくすと、堪え切れなかった笑いが零れて、自然と頬が緩む。
気が付いたら、口元に手を当てて笑っている自分がいて。
「どうしたんだ、アーサー?」
(嗚呼、その笑顔が可愛いだなんて…そんなことを思っている場合じゃないのに!)
(それでも、アーサーのその笑顔はあんまりにも純粋な笑顔で、)
(胸が締め付けられて、どうしようもないんだぞ…っ!)
顔が真っ赤になってる気がして、理由を聞いた割にはイギリスの顔が見れなかったけど。
「…なんでもねぇよ、馬鹿。
ほら、さっさと割れた皿片づけに行くぞ!……手料理、振舞ってくれるんだろ?」
そう言ってくれたから、まぁいいかと先を歩くその背中を追いかけた。
アーサー!って呼んで後ろから抱きついたら、また顔を真っ赤にして「バカ!」って怒鳴られたけど。
今日はもう、その笑顔が見られたからそれでいいかな、なんて思うんだ。
だって、オレが見たかったのは…なによりアーサーの嬉しそうな笑顔だからな!
「…そーいやアルフレッド、なんで急に張り切ってたんだよ?」
「だって今日はアーサーの誕生日だろう?」
「………」
「アーサー?」
「……オ レ の 誕生日はっ!今日じゃねぇ……ッ!!
馬鹿野郎お前っ、あんだけ面倒見てやったのにオレの誕生日すら覚えてないのかよっ!
もうお前の誕生日祝ってやんねーぞ!」
「……っ!?」
作品名:あなたが笑ってくれるなら 作家名:紫苑