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赤い糸

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帝人先輩は、いつも笑顔で家に俺を招き入れてくれる。さすがに深夜に訪問したことはないが、俺が訪れる時に嫌な顔をしたことなど一度もなかった。それは確かだ。
 だが、その日は特別嬉しそうな顔をしていた。

「先輩、なんかいいことあったんですか?」
「え? あれ、もしかして顔に出てる?」
「はい」

 顔を赤らめ、あちゃあ、と恥ずかしそうな素振りを見せた。こんな姿だけ見ていれば、分かりやすくて純情な、可愛い先輩だと思う。でも俺が好きな先輩は違う。これは俺の好きな先輩ではない。幸せなだけの先輩など、俺が焦がれてるものとはかけ離れている。

「実は今日、園原さんとお茶したんだ」

 それは先輩がずっと好いている人の名前だった。

「その、色々失敗したりもしたけど、園原さんも笑ってくれたりして、えっと、うん、すごく楽しくって、あ、ごめんね、こんな話されても困るよね」

 途中まで楽しそうだったのだが、途中で恥ずかしくなったのか一気にまくし立てられた。俺は笑顔でそれを聞いている。全然、俺のことなど気にしなくていいのに。だってあなたはいつも、俺が泣こうが喚こうが構わないじゃないですか。
 でも、だからと言って、俺が先輩の杏里先輩への想いを聞くのが好きだとは限らない。

「いいえ。杏里先輩と仲良くできるのも、今のうちだけかもしれませんしね」
「え?」

 俺は最高の皮肉を込めた笑顔を浮かべた。

「だって、ほら、本当の先輩を知ったら、杏里先輩どう思うんでしょうね? そんな日もそう遠くないのだとしたら……今をめいっぱい楽しんだ方が、いいんじゃないかって」

 先輩の表情が止まった。黙って俺を見ている。その眼に、ふらり、と黒い影が宿った。

「でも先輩、俺なら受け止められますよ。どんな先輩だって。――だから、杏里先輩より、俺のがずっと……」

 そこまで言った時、先輩が静かに立ち上がった。思わず言葉を止め、その姿を見上げる。先輩は自分の机に向かうと、何かを手に取り、また戻ってきた。
 その顔にはもう、表情が無い。

「せんぱ、」

 手を強く引かれる。すぐ傍にあった机の上に掌をびたん、と押し付けられた。冷たい。本能的に危険を感じ取って、体温が急激に下がった。先輩が俺の後ろでほほ笑む。

「青葉くん、うるさい」

 そんなの、口で言えば済むことなのに。
 先輩は躊躇なく俺の手の甲に、握っていたボールペンを突き立てた。

「ぁあッ……!」

 濁った声が喉を割く。激痛が肩まで這い上った。痛い、痛い、痛い。見なくても血が滲んでいることくらいは分かる。それでもつい、視線を逸らしてそこを見た。丁度甲の中心に、垂直にそびえるボールペン。随分滑稽で、まるでCGのようだと思う。だが、自分を突きさす痛みがそれが笑えない現実なのだと物語っていた。

「青葉くん、さぁ」
「ッぅ、」
「ホントに、僕に、」
「あッ、あッ!」
「刺されるの、好き、だよね」
「ひッ、や、痛ッ、」

 引っこ抜いて、突きさす度に先輩の声が一度途切れる。痛くて痛くて、頭がどうかなりそうだった。もうなっているのかもしれない。だけどまだ麻痺してくれない。涙がじわじわと出てきて、悲鳴が止まない。まるで喘いでるみたいだった。

「そういうこと、言って、刺されるの、期待してたんでしょ?」
「んッ」
「いつもそうだもんね」

 ボールペンがころころと机に転がる。霞んだ視界でその姿を確認した。手がじくじくと痛み、軽く痙攣し、薄く血を流している。ボールペンは元々赤色だったのか知らないが、先っぽが真っ赤だ。
 確かに、俺は先輩に痛くされるのが好きだった。だからたまに、こうして杏里先輩のことに触れて先輩を逆上させる。要するにおしおき、というものが欲しかったのかもしれない。だから俺は、ほんの少しだけ心が安堵したのを感じていた。
 先輩はそんな俺の掌を取って、無表情に笑みを張り付けたまま、傷口にそっと触れた。

「ひゃ……」
「痛い?」
「ッたい、ですよ……!」

 何箇所か穴があいているということは分かるが、よく見えない。先輩はその穴をくち、と開いた。空気が触れて痛い。漏れそうになった悲鳴を今度は抑え込む。傷口を抉る先輩の顔はとてもつまらなそうで、楽しそうだった。

「血出てるもんね。……あのさ、僕、血嫌いなんだ」
「……は、」
「なのに青葉くんのせいでテーブルも、僕の手も、汚れちゃった」

 無茶苦茶だ。刺したのは先輩なのに。大体血が嫌いだなんてどの口が言えるのだろう? 言いたいことは山ほどあったが、ここで言ったら刺される程度じゃ済まないかもしれない。黙って先輩の言葉を聞いた。

「だから、綺麗にしてくれるかな」

 先輩が、自分の手をテーブルにぐったりと倒れ込む俺に差し出した。指先には血がついている。俺の血だ。どくん、と心臓が跳ねあがった。
 先輩は目を細めて俺を見るだけで、もう何も言わない。俺が起こすべき行動を待っているのだ。脈打つスピードが速くなる。傷とは関係なく、体が震える。ゆっくり、その手に近づいた。

「……」

 そろりと舌を出して、指先を舐めとる。先輩の手は病人じゃないかというほど冷えていた。対照的に、俺の舌は熱を増している。痛みでなにかの脳内物質が分泌されたのかもしれないが、きっとそんなのではないような気がした。
 元々そんなに血はついていなかったので、その作業はすぐに終わってしまった。どうにも名残惜しく、ゆっくり顔を離す。引いた銀の糸は自分のものであるのになんだかやらしかった。

「青葉くん」
「は、い」

 しゃくりあげるような声になってしまった。なんとか返事をすると、ぬらついた指を見て、先輩がまたあの優しい笑顔を見せた。

「余計汚くなったよ」

 おしおきが足りないのかな、と言って、先輩はあの赤いボールペンをもう一度手に取った。
 俺は結局こんな先輩が好きだ。幸せな先輩に興味は無い。楽しげに笑って俺を蔑み続ける先輩こそ俺が一番求めているものだ。だから、胸がきゅうと締めつけられて、先輩から目が逸らせなくなってしまうのは間違いなく恋だろう。杏里先輩のことを話に出すのは、なにもおしおきが欲しいからだけじゃない。嫉妬だって、する。
 でも俺の想いが全く届かないことを知っていても恋し続けることに心が燻ぶってたまらないのは、それを甘いものだと感じてしまうのは、俺の恋があまりにも特殊なことの表れだろう。別に構わない。それが快楽なら、俺の幸せになるのなら、誰にも邪魔されたくない。

 それに、これもきっと一つの恋人の形だろう。
 ごめんなさいと謝る前に振り降ろされたボールペンだけが、俺と先輩を繋ぐ赤い糸に見えていた。
作品名:赤い糸 作家名:あっと