メルト
いつものぐだぐだな会議の後、建物の外に出たら予報はずれの雨が降っていた。
英国紳士の俺としては、いつもはこれくらいの雨に傘なんてささない、だけど。
傘を持っていない俺に気づいた君が、控えめにそう声をかけてきた。
「お、お前がそういうなら、しょうがないから入ってやる。」
なんて、素直じゃない俺の物言いに、君は笑う。
―――赤くなった耳、上ずった声。ばれてないよな?
俺のほうが背が高いからと、恐縮する君の傘の主導権を奪って、灰色の街を歩き出す。
雨は透明なのに、不思議だ。世界は一面灰色に塗りつぶされて色を失う。
今ここにあるのは雨の匂いと雨の音、そして、君の存在。
「傘、持たせてしまってすみません。」
「いや、俺のほうが入れてもらってるんだし。」
「そちら側濡れてないですか?」
「大丈夫だ、お前は?」
「私も大丈夫です。」
「………。」
「………。」
小さな折り畳み傘に二人では、当然お互い傘からはみ出る。でも濡れた右側の肩の冷たさなんてどうでもいいくらい、左肩が熱かった。さっきから君に触れているそこだけが、熱くて熱くて溶けてしまいそうだった。
あぁ、せっかく二人きりなのに。今なら邪魔も入らないのに。
予期せぬ幸運に、頭の中まで雨で塗りつぶされて灰色―――どころか、真っ白だった。
君に話したいことや聞きたいことなんて山ほどあるはずなのに、胸が、息が、苦しくて。言葉が出てこない。
手を伸ばせば届く距離に君が居る。それだけで、泣きそうだった。
好きだなんて、絶対に言えない、だけど。
―――この想い、届け、君に!
このまま時間が止まってしまえばいいのにと念じていたけど、現実は残酷で。君とさよならをする駅が見えてきた。
ここで別れたら、またしばらく会えない、だから。もう少し、もう少しだけ、一緒に居たいんだ。
なけなしの勇気を振りしぼって、叫ぶ。
「…おい!少し散歩につきあえ!」
こんな雨の中を散歩する馬鹿がどこに居る!言ったそばから自分でつっこんでしまうけど。
恐る恐る覗き込んだ君の顔は、抱きしめたくなるくらいかわいくて。
俺の心をまた、溶かした。