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空は淀みなく晴れていて

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帝人くんはまだあのボロアパートに住んでいた。他のもっと大きな家に住むための金銭的な問題など何ひとつないのに未だにいつ朽ちてもおかしくないボロ部屋に住んでいて、俺は君がこの家を出るのと、家に潰されるのとどちらが早いかな、とよく茶化している。俺の予想では多分後者だと思われる。それくらい彼は引っ越しを嫌がった。
そんな帝人くんは今アパートの掃除をしていた。大したものはないというのに、床を拭いたり物を移動したりで大忙しである。俺はそれを生温かな目で見守っているふりをして、大体の所は外を見ていた。
「臨也さん、暇だったら手伝ってくださいよ」
「暇じゃないよ、全然暇じゃない。俺は今人を愛するのに忙しいんだ。ほら、帝人くん見てみなよ。あそこに歩いている女子高生、電話に夢中でちっとも前を見ちゃいない。電信柱まで後5メートルくらいかな…ほら…」
「悪趣味ですよ。というか、それって愛してるっていうんですか」
「だって、俺には見ることくらいしか出来ないからねえ」
彼と出会ってからまあ色々あって、俺は世界をひっかき回す一切の行為を禁じられていた。所詮口約束だから破ろうと思えばいくらでも破ることが出来るのだけれど、約束したのが他ならぬ帝人くんなので、今のところ律儀に約束は守られている。そんな状況に時々退屈を覚えることはあるが、全然耐えられる範囲だ。いつか爆発するんじゃないのとは悪友の言葉だが、俺は多分そんなことはないと思っている。常に俺の首根っこをつかんでいる存在がいるので(しかも時々妙に怖い)うかつに行動にでられないのだ。と、まあそれは建前。もちろん些末な理由はたくさんあったけれどどれもこれも適当な理由をつければ消えてしまうようなもので、結局のところ俺が素直に帝人くんの言う事を聞いているのはただ彼に愛してもらいたいだけだった。愛。そうだ、愛。今までの俺と愛との関わりあいと言えば、誰かから自動的に供給されるか求められるかのどちらかだけで、俺自身が誰かの愛を欲することなどなかった。そんな俺が愛を求める――これが、どれだけ凄いことかは今更懇切丁寧に述べなくても分かってもらえると思う。
「臨也さん」
「ん、何、って、女子高生いなくなっちゃった」
「随分前ですよ。しかも、臨也さんにとって残念なことにきちんと電信柱を避けて歩いてました」
「なんだ……で、何かな?」
窓枠に肘をついていた俺を見降ろしながら片付け終わりました、と帝人くん。言葉につられてざっと辺りを見回してみたが、掃除前と変わったところは何一つ見受けられない。多少は綺麗になったと言えるかもしれないが、元が元なので目を見張る程美しいという訳でもないし。えらく不毛な行為のように思われたが、本人は満足そうなのでよしとしよう。愛の為には、言葉を噤むのも大事、そんなごく当たり前のことを俺は最近学び始めている。
「ということで、お昼でも食べに行きませんか」
「いいね。最近まともな食事を取った覚えがないから定食とか食べたいなあ」
「え、矢霧さんは……」
「有給取って旅行に行ったよ。今や俺の食事の大半は彼女が作っているからね、彼女がいないとろくなものも食べられない」
もちろん俺だって料理が出来ない訳じゃないが、美味しく作れる人に作ってもらった方がいいに決まっている。ということで、最近の俺はもっぱらデリバリー専門である。
「通りで顔色が悪いと思ったら……分かりました。じゃあ、近所によく行く定食屋があるんで行きましょう」
帝人くんの言葉に俺たちは連れ立って家を出た。いい天気だった。家に閉じこもって掃除なんかをしているのが勿体ないくらいだ。伸びをしながら疲れたなあと言うと、何もしてないじゃないですかと至極まっとうなつっこみを頂く。
「いやいや、君に会うためにどれだけ俺が頑張って仕事を片付けたと思ってるんだい? それはもうやってくる仕事をちぎっては投げ、ちぎっては投げで……」
「はいはい。分かってますよ。お疲れ様です、臨也さん……そうですね。じゃあ、ご褒美あげます」
「へえ?」
子供じゃああるまいしそんなことで喜ぶのもどうかと思うけれど、帝人くんの言葉に胸が躍った。パブロフの犬と同じで、俺は彼から与えられるものならば条件反射で喜んでしまうようになったのである。
さて、ご褒美とはと斜め前を行く彼を見つめていると、手が差し伸べられる。
「はい」
「……いやさ、手のひらだけ差し伸べられてもねえ」
「手、繋ぎましょう」
「……」
まったく、随分と安いご褒美じゃないか。というか、彼はこれで俺が喜ぶのだと思っているのだろうか。今一度帝人くんの中で俺がどういった人間に見られているのか問いただしたい気持ちがあったが、しかし彼の俺よりも小さな手はひどく魅力的であって。
「どうしました?」
「いや、」
差し伸べられた手の上にそっと手を乗せれば、やわらかく包み込むように握られる。俺はそれだけで多分もう誰よりも幸せでたくさんのもので満たされてしまうから、胸がいっぱいで何も言えなくなってしまう。しかし俺から言葉を取ってしまったら何が残るのか疑問なので――もちろん、嘘だが――俺はとにかく思い浮かんだ言葉を口にする。
「空がよく晴れているなって」
彼は小さく笑ってことさらに俺の手を強く握ったもんだから、俺は全部ばれてしまっているのだろうなと思った。




作品名:空は淀みなく晴れていて 作家名:ひら