暖かな呼び名
これはただ単純な疑問。そう単純な疑問なんだ。
そう日向は自分の心に何度も言い聞かせて、隣にいる音無へと口を開いた。
「なぁ音無って何で天使の事だけ『奏』って名前呼びなんだ?」
今二人がいるのはグラウンド。
普通だったら放課後の時間だが、うっかり超巨大な魚をSSS全員で吊り上げてしまい、それを調理して炊き出ししている最中だった。
包丁を握ってその魚ではなく一緒にいれるジャガイモの皮むきをしながら音無はその言葉に顔を上げた。
「あ? 何でって……奏って『奏』って名前の方がイメージに合わないか?」
「そうかぁ?」
「それに仲良くなった記念にな」
その音無の言葉に、日向はもう一度コレは嫉妬じゃなくて疑問なんだと言い聞かせる。
ちなみに話題にされた当の奏本人は今この場にはいない。
「じゃあ何で俺の名前は呼んでくれないんだよ!? 俺、お前の恋人だろ!?」
「……とりあえず味噌を掬ったお玉持って訊くのは止めてくれ。味噌がもったいない」
その言葉に膨れ、何かぶつくさ文句を言いながらもしっかりと音無の言う事は聞いて、まだ味噌が足りなかったお鍋の中に味噌を溶かしていく。
「で、何でだよ? 俺の名前だって知ってんだろ?」
味噌がきちんと溶けきった時、日向はもう一度話題を繰り返す。
それに相変わらずジャガイモに目を向けたまま、淡々と音無はその皮を剥いていく。
「お前のもイメージだよ。俺はお前を『日向』って呼びたいから呼んでるんだ」
一つ皮むきが終わってもう一つに音無は手を伸ばす。
「『日向』ってイメージってどんなイメージだよ」
「暖かいイメージ」
言うと同時にまた皮むきが終わって、ボウルの中に剥かれたジャガイモが一つ増えていく。
そして別のボウルの中に入っている皮付きのジャガイモに音無は手を伸ばす。
「『日向ぼっこ』って言葉あるだろ。日向の傍にいるとそんな風に暖かくて安心するんだよ。だから『日向』って呼んでるんだよ。お前にピッタリの名字だ」
そう言う音無はただ普通にジャガイモの皮を剥いていったが、言われた日向の方は思わずお玉を手から取り落としてしまった。
「お前……、今の自覚なしで言ってる……?」
「? 何がだよ?」
そこでやっとジャガイモの方にだけ向けられていた視線が日向の方に向けられるが、それで見る音無の表情も顔色も何もかもいつもと同じで、自分がどんなに相手にとって殺人的な台詞を言い放ったか知りもしない顔をしていた。
もしこれが演技だったとんだ悪魔。いや小悪魔だと日向は思う。
「……いや、いい」
「それともどうしても名前で呼んで欲しいのか? だったら別に……」
「いや、いい! 今のままでいいから!!」
「変な奴」
日向が思い切り頭を振るのを見て音無が笑う。
そうしてまた音無はジャガイモの皮むき作業に取り掛かる。
一方の日向は砂に汚れてしまったお玉を洗ってくると言って、とんでもない殺し文句を放った音無から離れるしかなかった。
「俗に言うバカップルってやつですね!」
それを見ていたユイがそう言いきったのと、その横で明らかに日向に向けて殺気を放っている直井がいたのを、
だから二人は、知らない。