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ベツレヘムの星には遠い

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ふと連想させたのは流れ星で、しかし今触れたものはそれよりもっと鋭くやさしい。
あまりにも早すぎたせいで、はじめ幽はそれが何だかよく分からなかった。そしてよくよくかみ砕いて順序立てて並べてみればなんとか正しそうな形にまで持っていくことが出来たが、この答えで正しいのかどうかはまだ不明だ。多分、それくらいあり得ないことだった。
ゆるゆると離れていった兄は、移動スピードと同じような早さで徐々に瞼を開いて微動だにしない幽を見る。幽と同じ色の瞳は残念そうでまた後悔にも似た寂しげな色を浮かべていて、いよいよ幽はさきほどの想像が正しかったことを悟る。
「兄さん」
声をかけたはいいが、続きは特になかった。何を言ったらいいのか分からないのだ。もう一度と懇願するほど欲しい訳でなくかといって顔も見たくなくなってしまうほど嫌な訳じゃない。一番近いのは困惑なのだろうけれど、本当に困っているのかと問われるとそうでもない。どうしたいのか決めるのは自分なのにこともあろうに幽は答えあぐねている自身にそう問いかける。当然、自分も、また兄も納得させられるような答えは返ってこない。
「……悪い」
遠く、地球と火星くらい遠くまで離れてしまった兄は、幽から目をそらしてそう言った。伏せられた横顔は心底悔いている。おそらくだけれど、もう少し幽が違った反応を見せたらこれも変わっていたんだろう。あきらかに兄は幽の無反応に近い反応にがっかりして申し訳なく思っている。今行われた行為が独りよがりによるものなのだと思っているに違いない。確かに許可を取らずにがむしゃらにぶつかってきたのはそう言ってもおかしくはなかったが、しかしここまで落ち込むようなことでは決してなかった。なにしろ幽はまだ肯定もしなかったが、否定もしていない。ただ電信柱みたいに突っ立ってただけだ。自分勝手なのは反省するとしても、受け入れられなかったと落ち込むこともない。
それをそのまま伝えればきっと大団円なのだろうけど、一方で問題はあった。幽の方に受け入れるつもりはない。肯定も否定もしない、それは一切アクションを起こさないと言うことで、もしかしたら兄にとっては一番つらい結論なのかもしれない。兄を嫌っている訳ではない幽はなるべくならその選択肢を選びたくはなかった。八方ふさがりとも言える状況に内心でため息を吐く。そうして、現状から答えも出さず逃げた。
「兄さんはどうしたいの」
「……悪い」
「兄さんはこうすることで俺に何をして欲しかったの」
「……悪い」
「兄さん」
「……悪かった、幽」
すっかり兄は沈み込んでしまっている。こうなってしまったら引っ張り出すのは簡単なことではない。怒らないだけまだ扱いやすくはあるのだが。
考える人のようにうなだれ続ける兄の金色の頭にそっと触れてみた。こまめに染めているせいで痛んでいる毛先。上手く染められていて兄にはよく似合っているけれど、幽はそれほど好きではなかった。かつて兄がその色にして来たとき、彼が遠くへ行ってしまったような気持ちが今も尚残り続けているからなのだろう。
「……兄さん」
くしゃりと、かつて二人がもっと小さかった頃に兄がしてくれたように彼の髪をかき混ぜると、やがて兄はため息とも嗚咽ともつかない奇妙に掠れた声をあげる。どうしたいのだろうと思った。どうすればいいのだろうと思った。進むことも戻ることも出来ない。地団太する子供のように、この場で足を踏み続けるしか今は思いつかない。
「兄貴」
昔みたいに呼んでみても兄は目を伏せ続けたままだ。こんなにも近くにいるのに兄はずっと遠くにいるんだと声高に主張されているようだった。一度大きく開けられてしまったそうした距離を埋めるのはたやすいことではなく、もしかしたら一生届かない可能性がある。大半の人々が空高く輝く無数の星を眺めるだけで満足し決してそこへ行かないように、幽もまたこうして触れるだけで満足してしまうのだろう。
「ごめん、兄貴」
「……なんで、お前が謝るんだよ」
「ごめん」
ごめん、届かなくて。
ぽつりこぼした言葉はやはり遠い星には届かなくて、兄はとても悲しそうな顔をしてみせた。
作品名:ベツレヘムの星には遠い 作家名:ひら