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入学から一ヶ月

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入学してすぐの頃、俺は最前列、廊下側から数えて二列目の席にいた。
 教室の入り口に近いと取り次ぎを頼まれることも多い。
 引き戸の陰からひょっこり顔を出してきょろきょろしている奴がいると思って顔を上げたら目が合って、別にそいつと知り合いだったわけではないが声をかけられた。
「小磯いる?」
「うちのクラス、小磯って三人いるんだけど」
「多いな。ケンジ、小磯ケンジ。」
 小磯ケンジ。たしか大人しいタイプで、隣の列の最後尾にいたはず。
 振り返ると自分の机に広げたノートに向かっている姿が見えた。
 第一印象は気の弱そうなガリ勉。
「おーい、コイソケンジ。お客さん!」
 名前を呼んだのはそれが初めて。

 入学から三週間経つ頃に初めての席替えがあった。
 それまでは名前の五十音順で並んでいて、“青木”から始まる一列目が“小磯健二”で折り返し、二列目が“佐久間敬”から始まる。
 教室の奥行き分離れた小磯健二とは全くといいほど縁がないまま一ヶ月を過ごしたが、それは席替えで隣り合ってからもあまり変わらなかった。
 健二は大抵寝癖頭で気の抜けた顔をしている。あからさまにおどおどしているわけではないが見るからに内向的。
 入学からスタートダッシュをかけて新しい友人関係を築いていく生徒も多い中、同じ中学出身の友人の陰に隠れるようにして過ごしていて、とにかくパッとしない。
 それどころか、休み時間中にも参考書らしきものを広げて真剣にノートを埋めて居るのを見た女子が軽く引いてたのを知っている。
 目立たないように過ごしているのだろうがちょっと変わったところがあるのは確かだった。

 そんな小磯健二に興味を持ったのは席替えから十日程、入学から一ヶ月ほど経った頃のこと。
 休み時間中友人たちとバカ笑してチャイムで席に戻り、机から数学の教科書を探したが、見つからない。
「やっべ…」
 もっと早くに気づけば隣のクラスまで借りにも行けたが、律儀な教科担当がすでに教室へ到着している。
 仕方なく隣の席へ声をかけて机を寄せた。
 先生の言ったページに開き癖をつけ、くっつけた二つの机の間に綴じを当てて置かれた教科書はすでに角が黒くなっていた。ところどころに挟まる例題や確認問題は全て解答が書き込まれているし、授業中に指示されて開いた問題集もやはり解答済みだった。
 ここまで予習が済んでいたら授業中は暇だろうと思って手元を覗くと、授業用のノートの下に隠したレポート用紙に授業とはまるで関係のない数式を書いている。
(なんだ、こいつ。)
 レポート用紙に書きなぐっている計算式に熱中しているので当然黒板なんか見ていない。それを先生に見咎められた時は「やっちまったな」と思った。
 この数学担当は教科書にも問題集にもない問題を黒板に書いて解かせるので有名で、今もまさにどこにも載っていない式を書いて「さあ解け」と号令したところだった。
 健二の授業用ノートには黒板の式が書き写されてもいない。
 背中を丸めて謝るのだろうと思った。ところが、
「えっと…問1がX=-6,12、問2がX=-11,9です。」
 ノートを見るような仕草をした後に、本当にノートに答えが書いてあったかのようにはっきりと口にした。
「よろしい」
 初老の先生は頷いて黒板に健二の言った通りの答えを書いた。
 驚いて隣の机に広げられたノートを見たが、やっぱり黒板に書かれている式もその答えも一字たりとも書かれていない。
 俺のノートを見たわけでもない。第一、俺はまだ計算が終わっていなかった。
 授業が終わり、机を元の位置に戻しながら尋ねた。
「さっきの、暗算したのか?」
 すると小磯は照れ臭そうに笑って頷いた。
 思わず感心して「すごい」と言うとえらく恐縮してぶんぶん頭を振った。

 それ以来、授業中になんとなく小磯の様子を覗き見るようになった。
 しかし、数学以外は予習してきているわけでもないらしく、小テストを交換して採点しても俺の方が出来が良いぐらいだった。
 目の色が変わるのは数学の時だけ。

 あるとき、頭の体操だと言って授業に関係のない、数学クイズを先生が持ってきた。
 三問用意されたうちの二問目まではクラスの半数以上が解けたものの、最後の一問は意地悪のような難問で「解けた人」と挙手を促されても誰も手を上げることが出来なかった。
 教室を見渡すと挑戦を放棄した者、唸りながら問題とにらめっこしている者ばかり。
 そんな中、隣を見ると唸りもせず顔も顰めず軽快にシャーペンを走らせる健二の姿があった。教室内にまばらに響く筆記音に混じってアップテンポにコツコツ鳴らしている発生源はここだ。
 しばらくして右手の動きが止まり、猫背以上に丸くなった背中がゆっくりと伸ばされる。
 上げた顔がスッキリしていたのを見て、解けたのだと分かった。
 その二分後に先生が教室内を見渡して言った。
「分かった人はいませんか。解答しますよ。」
 健二は挙手しなかった。
 あんなに晴々した顔でシャーペンを置いたのだ、答えに自信がないわけではないだろう。
 ついに誰の挙手もないまま、先生による解答が行われた。
 その間健二は黒板を見詰めたまま、ノートに答えを書き写す様子もなかった。

「ちょっとノート見せてくれる?」
 授業終了の号令と同時に隣の席に飛び付いた。
 半ばひったくるように健二のノートを借りて先刻自分が書き写した答えと照らし合わせる。
「…あってる」
「え、あの、どうしたの。佐久間。」
「授業の最初にやったクイズの3問目だよ。解けてたんじゃん!」
「いや…あの…」
 俺の声を聞いて近くの席の生徒が振り返る。
「解けてたって、あのチョー難しいやつ?」
「健二くんまじで解けてたの?何で手挙げなかったんだよ。」
 五,六人に囲まれ「偶然だよ!偶然」と言いながら手を振った。
 健二の耳まで赤くなっているのが見えて、力いっぱい背中を叩いてやった。
作品名:入学から一ヶ月 作家名:3丁目