飛べるなんて夢
「今重力が無くなったら、空に浮かぶんですかねィ?落ちるんですかねィ?」
「浮かぶほうが痛くなさそうでよくね?」
「どっちもねーよ。そもそも重力無くなんねえし」
「ロマンがねえな、土方コノヤロウ」
「そんな中2みてえなロマンなら要らねえな。
そもそも浮かびも落ちもしねえよ。俺飛べるし」
「オマエが一番ガキな発想じゃねーか、トシ」
屋上で馴染みの3人でどうでも良い話を続ける夏の午後。
見上げれば雲一つ無い青い空。
あまりに青過ぎて嘘臭い。綺麗を通り過ぎて、少し怖いぐらいだ。
「本当に飛べたら良いよなあ。何処でも行けるしよ」
「土方の馬鹿に感化されねえで下せえよ、近藤さん。
人は飛べねえもんですぜ」
俺の空を仰いで夢心地の言葉と総悟のリアリスト過ぎる言葉に、
トシが溜息を吐いた
「嘘だと思ってんの?
俺、本当に飛べるぜ、近藤さん、見ててくれよ。いくぜ!」
真顔で云うなりトシが走り出す。
勢いつけて転落防止のフェンスを軽々登り上がる。
一番上の縁に擦れたトシのスニーカー。ゴム製の靴底が鈍く音をたてる。
其の音を合図にトシが俺を振り返った。トシの髪が光に透ける。
俺を見据えたトシの瞳。
俺はどんな顔に見えたんだろうか?
トシは笑った、俺を見て楽しげに口角を上げて、
そして、
飛んだ。
羽でも生えてんじゃないかと思った。
一面の青を背景に踏切ったトシの背中を見つめていると少し置き去りにされた気分になった。
両手を拡げたトシの羽織る真白なカッターシャツが夏のカラカラに乾いた空気に柔らかく膨らんでこのまま空へ飛んでいってしまう、
筈が無い。幻想だ。
地球には重力がある。
トシの身体は水平に少し進んで後は垂直に墜落。
焦って下を覗き込む俺の隣で総悟は爆笑している。
ポケットで携帯がなった。
トシからの着信表示。
「モシモシ!トシ!無事か!」
「…なあ、近藤さん。俺飛んだと思ったろう?」
「…ちょっとな」
「寂しくなったろう?」
「…ほんのちょっとな」
「アンタの俺への愛が地上へ俺を繋ぎとめたんだよ」
「馬鹿云ってねえでそのまま死ねよ土方」
総悟が横から俺の携帯取上げて一言告げると電源を切った。そして、空に向かって放り投げた。
太陽にキラキラ輝きながら携帯放物線を描いて墜落。
「総悟くん、俺の携帯なんですけど!」
「んな小せえ事気にしないで、ピノでも食いに行きましょうや。
願いのピノに羽根が生えるよう願でも掛けやしょう。
あと土方死ねも追加で願いますかィ?」
総悟が歩きだす。
「リアリストなんだかロマンティストなんだか解んない発言だな…」
俺は心の中でトシすまん、
俺は生きろと願うからなと念じながら、総悟の後に続いて購買へ続く階段を降りた。
2人には秘密にするけど、トシが飛んで行かなくてほっとしたのも確かだ。